表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

高校生・1年・春・日常

 力が入らなくなった。

 「どうしたの、たっちゃん」

 姉の声はぼんやりとしていてよくわからない。

 ああ、これは


 星が死んだのか。




 「おはよう、兄ちゃん」

 2歳差の兄弟ではあるが、弟の光星(こうせい)の背はとても高い。おそらく、クラスで一番だろう。兄弟の関係に不満を持ったことはないが、兄を敬う弟は宝物だ。

 「今日は部活なのか?」

 「うん」

 菓子パンを頬張り、着替える。背は高くても一挙一動が細かく、たまに失敗するその姿から気に入っていると、同級生からきいたことがある。

 「じゃあな」

 「はい、いってきます」

 丁寧な言い方に、俺は10秒ほど玄関に留まった。




 「いらっしゃい、たっくん」

 「また、長居していきますね」

 路地裏を通り抜けた場所に、古本屋がある。主人のスノさんは、積みあがった本に腰掛け、経済学の本を読んでいた。

 俺もスノさんようにいつもの山に腰を下ろし、近くから本をとって読んだ。




 「たっくん、名前を教えてよ」

 「いやです」

 俺は名前があまり好きではない。名字のほうが好きだった。兄弟だから、というだけではない。かといって、涙を流すほどの酷く辛い過去があるわけでもない。理由は単純。名字が好きだから。これで十分なのだ。

 「スノさんだって、教えてくれないくせに」

 「でもたっくんは、そんなの気にしてないよ」

 「スノさんは気にしているということですか?」

 「好奇心というものは厄介なんだ」

 微笑みながら言うもんだから、言い返す気力もなくなった。





 「あら、竜也。また本屋?」

 帰り道に母がいた。エコバックを提げ、スポーツドリンクを持っていた。

 「うん、光星は部活だと思う」

 「わかったわ」

 母との喧嘩は珍しいことではない。投げやりな自分と、言われたこと以上をこなす光星、頼んだことを求める母。つまり、弟が頑張っているから兄も働け、というのである。中学生と高校生の違いは未だにわからないが、勉強の違いは目に見えてわかった。

 母もきっとわかっている。兄のほうが大変ということくらい、知っている。だが、弟は部活に精を出している。だから、休日は弟のほうが大変といってもいいくらいだろう。その休日に、兄はいつも本屋に顔を出している。怒るのも、頷けないことはない。

 「今日はおでんよ、じっくり煮込んでね」

 「もう煮込んであるんでしょ」

 「あら、そうよ」

 「昨日、鍋があったから」




 「兄ちゃん、高校は楽しい?」

 「光星、中学は楽しいか?」

 質問に答えてくれなかったからか、頬をふくらませ、こっちを睨む。こういう小動物みたいな一面があるから、可愛がられるんだな、と思う。

 「楽しいよ」

 「そう、楽しいか」

 「兄ちゃん!」

 光星が怒る。いつもどおり。からかわれているとわかっていても、こいつは毎度毎度怒る。本気で怒っているわけではないことくらいわかるので、苦笑して答えてやるのだ。

 「はは、楽しいよ。兄ちゃんはとても楽しい」

 「それ、学校のことじゃないでしょ!」

 ふん、とそっぽを向く光星をおいて、本屋で買った数学の本を読む。フェルマーの最終定理。きっと証明することに意味があるんだろう。証明してどうするんだろう。有名、テレビ、本、印刷、引用……。いかんいかんと頭を振る。思考がスキップするように跳ぶ。悪い癖だった。

 「兄ちゃんのこと、好きになれないよ」

 「嫌いにもなれないんだろう?」

 「もう勝手に言って」

 ヘッドフォンをつけ、曲を漁る弟がいた。 

 できるだけファンタジーにするつもりです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ