8月中旬、蝉しぐれ
日差しは木々に強い陰影を与え、葉の輪郭をはっきりと浮かび上がらせた。
高く伸びた草は眩しい光を反射させて、風に揺れてキラキラと輝いている。
すべてが力強く、すべてが生命力に漲っている。
夏の朝の心地よい風が木々の間を通り抜けた。
「お待たせ。ごめん、待ったよね」
白いワンピースの少女が麦わら帽子を押さえながら走って来た。
夏雲と真っ青な空を背景にした少女の姿は、額に入れて飾れそうなくらい夏に溶け込んでいた。
「いや、全然。待ってない」
見惚れていたことに気付かれぬよう、少年はぶっきらぼうに返事した。
少年と少女はベンチに座った。
二人の間の80センチの隙間に木漏れ日がおちる。
少年の名はセミ男。
「…暑いね」
「昼には38℃になるらしいから…。ほら、俺のも使えよ」
セミ男は自分のハンディファンを少女の方に向けた。
少女の名はセミ香。
セミ香は二週間後に父の仕事で遠く離れた地球に行くことが決まっていた。
セミ男がそれを知ったのは昨日の晩、母から聞かされてだった。
「……なんでずっと黙ってたんだよ…」
「ごめんね。…なんか、口に出しちゃうとさ…。…言葉にしない内は地球に行かなくても良くなるかもしれないと思って…。口に出しちゃうと本当になっちゃいそうで…ごめんね」
「口に出さなくたって、変わらないだろ。そんな大事なこと急に言われても…俺…」
セミ男とセミ香は幼馴染だ。
お互いの家族のこともよく知っている。
セミ香の父の職業柄、こんな日がやがて来るのではないかとセミ男は心の奥底でずっと思っていた。
「…地球…か…。じゃあ、もう会えないんだな」
「あーあ、言っちゃった。……言っちゃった」
幼い頃から地球行きの不安、いや、セミ男と離れ離れになる不安を抱えていたのはセミ香も同じだった。
いや、母から父の転勤の覚悟を聞かされていた分、セミ香の方が不安は大きかったし、常に現実味を帯びていた。
「セミ香…俺…お前の事…」
「お願い。言わないで」
微笑んだセミ香の眼には涙が浮かんでいた。
「お願い…。それを聞いちゃうと地球で辛くなっちゃうから…。そろそろ行くね、地球に行く準備がまだ終わってないからさ」
セミ香は立ち上がった。
「バイバイ、セミ男」
永遠に続くような夏にも終わりがある。
二学期にはもうセミ香はいない。
さっきより大きくなった入道雲を見上げてセミ男はジリジリと鳴いた。




