【シネマ・キネビュラ】ベンチ ー昼下がりのATM-
どどめ色のわた雲が浮かんだ夏の午後だった。
繁華街を歩いていると、数人の若者に囲まれているATMに出くわした。
ATMは若者にカツアゲをされているようだった。
新米ATMなのだろうか。ATMが街をウロウロしていたら悪い輩に絡まれるに決まっている。
周りの通行人は面倒ごとを避けたいのか、見て見ぬふりをしている。
私はバリツという武術の心得が多少あるので、数人相手ならどうにかなるだろうと思い、声を掛けた。
「……もしもし、君たち弱い者いじめはやめなさい」
カツアゲを止めるのは初めての経験だったので、台詞はこれでよかったのか不安だった。これではまるで亀を助ける浦島太郎のようだ。
「あっ、すんません。やめます」
どうやら台詞のチョイスは合っていたようだ。若者たちはすんなりと去って行った。
ATMは、四角い尻の角についた土埃を手で払いながら、私に礼を言った。
ATMと私は公園のベンチに座った。
ATMは奥行きがベンチより長く、少しはみ出ていて地面に届かない足をプラプラさせていたが、意外と収まりはよさそうだった。
「……先ほどは危ないところを助けていただき、どうもありがとうございました」
「そんな、当たり前のことをしただけだからさ、お礼なんて…。むしろコーヒー奢ってもらっちゃって、こちらこそありがとう」
ATMは律儀にコンビニでコーヒーを買ってきてくれた。
「ところで君はまだ若いよね。ATMになって日が浅いんじゃない?ほら、ボタンだって「5」も「0」も「確認」も…「円」だってまだ全然擦れてない。ベテランになると大体このボタンが押されて字が読めなくなるんだよ」
ATMのカード挿入口が光っている。照れているのだろうか。
「…君はどうしてあんなところにいたの?君の中には大金が入っているんだから、フラフラしてたらカツアゲしてくださいと言っているようなものだ」
「実は…」
椅子に座った人間が前屈みになって膝の上に組んだ手を置く体勢さながら、ATMは両手を紙幣取り出し口の上で組んだ。
「――慌てた様子で振込をしていたおばあさんがいたんです。お孫さんが会社のお金をなくして、そのお金が見つからないと会社をクビになってしまうから…と」
「詐欺っぽい話だなあ…」
「そうですよね。なので、ボクがそのまま同じ場所に居たら詐欺グループが回収しに来てしまうかもしれないと思って。交番に向かう途中で…」
「若者にカツアゲされそうになったところに私が通りかかった…」
「そうなんです」
「でもさ、詐欺グループは君のお金を直接回収しに来るわけじゃないと思うよ。せっかく頑張ったのに言いづらいんだけど……もう別のATMから引き出されてるんじゃないかな?」
「えッ!そうなんですか!?」
「うん…多分。ATMってさ、そういうものだから」
「そうでしたか…。つい、前職の考え方のままでいました。新しい職に就くと勝手が違いますね。勉強不足でした…」
うなだれたATMを見て(それは一般常識)という言葉は飲み込んで、頷いた。
「そうか。君の前職って…?」
「郵便ポストです」
「…なるほど」
もう少しATMと話をしていたかったが、私にも用事があった。
「じゃあ、職場に戻って仕事頑張るんだよ」
「はい、重ね重ねありがとうございました」
「職場の店長に言って、警察に連絡してもらうといいよ」
「はい!」
ATMは少し元気を取り戻したようだ。タッチパネルがパァっと明るくなった。
「コービーごちそうさま。…ところで、コーヒー代ってどうしたの?」
「はい、ボクから現金を引き出して払いました」
「あちゃー、それはダメだよ。君に入っているのは他人のお金だから…。仕方ない……」
私は、千円札をATMに入金した。
彼はいい奴だが少し常識が欠けているようだ。
私は公園を後にした。
遠くから「ご利用ありがとうございました」という音声が聞こえてきた。




