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公園の池

 夏休みも、残すところ一週間になってしまった。


 予備校の夏期講習ばかりで、思い出らしい思い出がない夏休みになっているなと愚痴りながら、家への近道で公園の中をつっきろうと方向を変えた。


 鞄の中で、携帯電話が鳴り始めた。


 きっと親からだろうと思って取り出すと、結衣からだ。


 でも、今は出たくない。


 彼女が悪いわけじゃない。


 長々と彼氏とのことを聞かされても、笑って聞いていられる余裕が今の自分にないから。


 模試の結果……悩む。


 親はきっと、国公立の大学に行けというだろうけど、この結果ではとても……それに、やりたいことがあって……それには私立の大学の学部に……はぁ……暗い未来を想像して嫌になる。


 公園の中、遊歩道を歩いていると、中学生っぽい男の子たちがわたしをじろじろと見ながら追い越していく。


 公園を越えると、わたしの家がある住宅街だけど、外灯が少なく暗く感じた。さっきのガキたちを怖がっているわけじゃないけど、なんだか不安になって池を迂回する遊歩道へと方向を変える。こちらならば、外灯の数も多くて安心な気がしたのだ。


 また携帯電話がなりはじめた。


 結衣だ。


 もう! しかたない……てか、早く、新しい携帯にしたい……カメラ付きが欲しいなぁ。


『あゆ! ちょっと聞いてよ』

「なに? どうしたの?」

『タカシがね、別れたいって言ってきたの! 他に好きな人がいるって!』


 興味がわく。


 人の不幸を楽しもうというのは、性格よくないと自覚はあるけどしょうがないじゃないか。


 おもしろいんだもん。


 結衣の愚痴、怒り、まだ見ぬ恋敵への悪口……西向島高校の子らしいけど、会ったことがないのによくそこまで悪く言えるねってくらいの悪口を聞かされる。自然と池のほとりに並ぶベンチのひとつに座り、泣き始めた結衣を慰めていると、水面に揺れるわたしの影が気になった。


『あゆぅ……どうしよ……別れたくないよぉ』

「ちゃんとお話をしようよ。不安だったら一緒にいてあげるよ?」


 タカシもどうして、結衣よりもその子を選ぼうというのだろう。


 結衣は、学校でも美人で人気あるし、いい子だし……。


 ん?


「結衣、ごめん。帰ったら電話するから。またかけるね。帰る途中の公園なの」

『うん……絶対ね』


 電話を終えて……いつの間にか静かになった公園の中に、わたしだけがポツンといる。


 夕暮れというより、夜の始まりといえる暗さで、でもなぜか、池の水面に映るわたしの姿ははっきりと見えていた。


 笑っている。


 わたし、でも笑っていない。


 でも、水に浮かぶわたしは……笑って……いやだ。


 さっと立ち上がって、離れようとした瞬間、バランスを崩した。


 悲鳴をあげるより早く、開いた口に水が流れこんでくる!


 苦しい!


 重い!


 体が……息が!


 ちがう!


 何かが足に……それはグイっと、わたしの足を下へと引く!


 全力で手足を動かすと、今度は誰かに手をつかまれ、一気に引き上げられた。


 一人じゃない。


 二人が、わたしを引き上げてくれていると、彼らの声でわかる。


「ゲホ! ゲホゲホ!」


 水を吐き出しながら、涙で歪む相手を見る。


 わたしを助けてくれたのは、わたしを追い越していった中学生二人。


「おねーさん、大丈夫?」


 答えようにも、呼吸がうまくできず、せき込むばかりだ。


 少し経って、ようやく落ち着いて、彼らに御礼を伝えた。


 クソガキって思ってごめん……。


「服、びしょびしょだから、よかったらこれ。俺はユニ、あるから」


 背の高いほうの男の子が、自分のシャツを脱ぐ。


「汗くさいけど、それよりはマシだと思うよ」


 ずぶ濡れのわたしは……ここで下着が透けていることに気づいて恥ずかしくなり、たしかにこれでは家に帰るまでが恥ずかしいと思った。


 彼の厚意に甘えることにした。


 ベンチの横には、鞄が転がっていて、背が低いほうの男の子がそれを拾って、わたしに差し出してくれる。


「ありがとう……あの、ちゃんとお礼をしたいよ。連絡先教えて」

「いいよ、照れくさいから」

「そうそう……あ、でも、おねーさん、かわいーから遊んでくれたらうれしい」


 わたしは笑ってしまった。


「いいよ、命の恩人だから」


 連絡先を交換……といっても、彼らは家電しかなかったので、それぞれの家の電話番号を携帯に記録させた。


 二中の二年生とのことで、彼らは部活の帰りだったらしい。


 家の近くまで送ってくれたので、「あそこがわたしん家」と言って、交差点のところで別れた。


 一人になり、家まで数十メートルを歩くだけだというのに、不安になった。


 さっきのは、なんだったんだろう?


 だいたい、ベンチから立ち上がろうとしたとき、身体が動かしづらかったような……。




 -・-・-・-・-




 ずぶ濡れになったわたしを見て、お母さんは驚き、事情を聞き、大笑いした。でも、そのあとに良かったよかったと喜んで、二人の男の子にちゃんとお礼をするようにと言われた。


「そのつもり。お家にお菓子をもっていって、その子たちの親にお礼言おうと思う。電話はこの後、しておく」

「さすがわが娘、えらい」


 お風呂に入り、カレーを食べて、男の子たちの家電に、わたしん家の家電から電話をした。


 二人とも、お母さんが対応してくれて、「まさかうちの子が?」「お礼なんていいのよ」なんて言われたけど、行きますと伝えた。


 そして部屋に入り、やけに疲れたと思ってベッドに寝転がる。


 携帯電話が鳴り始めた。


 結衣だ。


 あ……いろいろあって、電話するのを忘れてた。


「ごめん、結衣。いろいろあって」

『ひどいよぉ……電話待ってたんだよ?』

「ごめん、こっちはこっちで大変だったの」


 わたしは、ドジだのろまだと笑われるかと思ったけど、結衣は意外にも真剣に聞いてくれた。

『……あの池、昔から変な噂あるんだよ』

『向島七不思議のひとつなんだよ』

『戦争の時、空襲があった時、火に追われた人たちがあの公園に逃げたそうじゃん? でも……けっこう、あの池でおぼれた人の話、聞くよ』

『あそこの池、急に深くなってるらしいから、遊ぶつもりで入って事故になるってお爺ちゃんが言ってた』

『でも、溺れた人はいても、みんな、ちゃんと無事だったんだって。ケロっとして池からあがってきたって、お爺ちゃんが言ってた』


 結衣は、お爺ちゃん子なのか……。


「結衣のお爺ちゃん、人がおぼれていたところ見たの?」

『そうらしいよ。溺れていたから助けようと思ったら、何事もなかったようにその人はあがってきたんだって。』




 -・-・-・-・-




 喉がかわいて、一階におりてキッチンに入ろうとすると、お父さんが帰っていて声をかけてきた。


 うざいんだよな……どうせ、お母さんから聞いて、説教されるんだろう。


「お前、気をつけろよ」

「うん」


 麦茶を飲みながら、とくに考えなく両親のほうを見ると、テレビ画面には三宅島噴火の様子が映されている。


「ひどいね」


 思わず声に出たところで、お父さんが頷いた。


「ああ……避難しないといけない人たち、大変だろうな」

「助けてくれた二中の子のところに、明日にでもお礼をしに行く」

「ちゃんと菓子折り持っていけ」

「菓子折り?」


 なに? かしおり?


「お菓子のこと」


 お母さんが苦笑いしながら言い、わたしは「ああ」と声を漏らして二階の自室に向かった。




 -・-・-・-・-




 翌日、予備校を終えて、残って自習はしないで男の子たちの家にお菓子をもってお礼を言いに行った。彼らは部活でいなかったけど、お母さんが対応してくれて、わたしは何度も頭をさげて事情を話し、本当に助かったと伝えた。


「これ、わたしが好きなお店のお菓子なんです。召し上がってください」


 練習したセリフを言い、「あら、いいのに」「せっかくだから」「こちらこそありがとう」と言われ、一軒目を終え、二軒目も近かったのですぐに終わった。


 今日はこの後、結衣とタカシの話合いに同席することになっていて、駅のほうへと戻る。


 公園の中を通ると近いのはわかっているけど……ま、池を見なければいいんだ。


 でも、あれはなんだったんだろう?


 まだ明るいし……近づかなければ大丈夫だろう。


 わたしは、昨日のベンチを眺めるように立つ。


 ……。


 なんにも起きない。


 やっぱり……模試の結果が悪くて、ストレスでおかしかったのかな?


 この時、どうしてかわたしは歩き出していた。


 え?


 一歩、二歩、ゆっくり、身体が池に向かう。


 声……出ない。


 なぜか、ベンチの隣に立ち、池を見ていた。


 いやだ……。


 池に映るわたしは、笑っている。


 口の両端を、ぐっと引き上げて笑っているけど、目は冷たくわたしをとらえていた。


 わたしの身体は、不思議な力で池へと引き込まれる。


 ぬるい池の水の中で、ようやく動かせた手足を懸命にバタつかせた。


 だけど……わたしの足をつかむ力に勝てない。


 なんで?


 苦しい。


 くる……。


 ……。




 ―・-・-・-・-・-・-




 タカシのやつ、遅い。


 六時にマックってあいつが言ったのに……アユもまだ……なんか用事を終わらせてからとか言ってたけど……あ、来た。


「あゆ! こっち!」


 声をかけると、あゆがわたしに気づいた……けど、なに?


 ちょっと!


「あゆ、なんでビショビショなの⁉」

「え? あー、うん、ちょっとね」

「恥ずかしいじゃん! わたしまで見られる」

「じゃ、服を替えてよ」

「いやだよ! あーもう! いいよ、もう、帰って。こんなんじゃ話にならないもん」

「ずいぶん、勝手だね? 来いって言ったり、帰れって言ったり」

「あゆが悪いんじゃん。びしょびしょで普通くるかな? 恥ずかしくないの?」


 イライラしてたところに、イライラの原因が追加されて声を荒げた自覚があった。


 さすがに言い過ぎたかと思った時、あゆは口の両端をつりあげて笑う。


 目が……笑ってない。


 怒らせた……。


「ごめん……言い過ぎた」

「結衣、マックだと他の人もいるし、公園のベンチでタカシ君と話そ?」


 たしかに……今、わたしがイライラした声を出したせいで、ジロジロと見られているし……もう! あゆのせいでもあるんだから! どうしてそんなビショビショになるかな! プールに服のまま入ったの? 信じらんないよぉもー!


「タカシに、公園に来てってメールする。ちょっと待って」


 そう伝えると、あゆはまた、口の両端をグッと吊り上げて笑った。


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― 新着の感想 ―
日常の中に突如として現れる非日常的な出来事がじわじわと恐怖を煽るようで引き込まれました。池に映る笑っている姿の描写がとても不気味で一度目は中学生に助けられ事なきを得たものの、二度目に池に引きずり込まれ…
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