第6章 月誕祭の幕開け
1. 祭りの街
月誕祭――王国の暦で一年に一度、月神の加護を祝う大祭。
学園のある王都ミレニアは、朝から色とりどりの旗と屋台で埋め尽くされていた。
「すご……人多すぎじゃないか?」
「これでもまだ初日よ。本番は三日後」
アリシアは、護衛と称して俺を引っ張り回していたが……その目は明らかに祭りの屋台に向いている。
「おい、あの焼き菓子……」
「べ、別に食べたいとかじゃないわよ! 任務の一環よ!」
そう言いつつ、手にはしっかり袋を抱えている。
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2. 月神の舞
午後、中央広場では月神を象った巨大な像が飾られ、舞姫たちが銀色の衣で踊っていた。
その中に――見覚えのある顔が。
「……あれ、リリィじゃないか?」
「あなたのクラスメイト?」
「ああ、でも……なんで舞姫なんか」
不思議に思う俺の横で、アリシアは視線を鋭くした。
「……あの中に、一人、魔力の流れがおかしい子がいる」
その瞬間、広場の空気がわずかに揺らぎ――。
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3. 爆ぜる祭壇
ドンッ!
白い閃光とともに、祭壇の足元が爆ぜた。
悲鳴と混乱が広がる。
「蓮、下がって!」
アリシアは即座に剣を抜き、爆心地へ走った。
その後を俺も追う。
そこには、黒い仮面をつけた男が立っていた。
右手には、月光を吸い込むような漆黒の短剣。
「影王の……!」
アリシアの声が緊張を帯びる。
4. 仮面の影
爆煙の中から現れた仮面の男は、広場の混乱を愉快そうに見下ろしていた。
月光を吸い込むような漆黒の短剣から、冷たい魔力が滴る。
「……月の加護を受けた祭か。くだらんな。影王様の御前では無意味だ」
低く響く声。観客たちは悲鳴を上げ、四方八方に逃げ惑う。
「待て!」
俺が剣を抜いた瞬間、アリシアが前に出る。
「蓮、無茶はしないで。こいつは……私が止める!」
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5. 姫の剣舞
仮面の男が短剣を振ると、黒い刃のような魔力が飛んだ。
アリシアはそれを紙一重で避け、回転しながら反撃の一撃を放つ。
金属がぶつかる甲高い音。
衝撃で石畳が砕け、破片が飛び散った。
「ほう……王女自ら剣を振るうとは」
「黙りなさい!」
アリシアの剣は流れるように舞い、まるで踊り子のようにしなやかで力強かった。
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6. リリィの叫び
その時、広場の端からリリィが駆けてきた。
「蓮くんっ! 危ない!」
彼女の手には、なぜか淡い光を放つ銀の護符。
「リリィ!? なんでここに!」
「説明はあと! これを――アリシア様に渡して!」
護符を受け取ると、不思議な温もりが掌に広がった。
俺は反射的にアリシアへと投げる。
「受け取れ!」
「……っ!」
アリシアの剣と護符が触れた瞬間、眩い銀光が弾けた。
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7. 仮面の撤退
「くっ……!」
仮面の男は影を纏い、後方へ跳躍した。
光を嫌うかのように短剣を握り直し、低く呟く。
「月の加護か……面白い。だが今日は引いておこう。王女よ、次はその命、確実にもらう」
黒い霧に包まれ、男の姿は掻き消えた。
残されたのは、爆ぜた祭壇と騒然とする人々だけ。
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8. 余韻
剣を収めたアリシアは、深く息を吐いた。
「……危なかったわね」
「お前、怪我は……」
「平気よ。少し疲れただけ」
そう言いながらも、彼女の膝はわずかに震えていた。
リリィが駆け寄り、必死に口を開く。
「蓮くん、アリシア様……! あの仮面の男、たぶん“影王”の直属の刺客……!」
俺たちは顔を見合わせた。
影王の計画は――まだ序章に過ぎない。
9. リリィの秘密
祭壇の残骸を離れ、俺たちは人気の少ない路地裏へと移動した。
まだ鼓動が速いままの俺に、リリィは真剣な顔を向ける。
「……ごめん、黙ってたことがあるの」
「黙ってたこと?」
俺が問い返すと、リリィは胸に手を当てた。
「私……“月神教団”の巫女見習いなの」
「巫女……!?」
驚く俺に、リリィは震える声で続けた。
「この護符はね、代々月神に仕える巫女が持つもの。月の加護を増幅して、影の魔術を打ち払う……本来は、王家の守護のためにあるの」
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10. 王家の血と月神
アリシアが静かに息をつく。
「……やっぱり。うちの王家は昔から月神の加護を受け継ぐ一族。だから影王に狙われるのね」
彼女の言葉は淡々としていたが、その瞳の奥には複雑な光が宿っていた。
責務、宿命、そして――孤独。
「アリシア……」
思わず名前を呼んだ俺に、彼女はぷいと顔をそむける。
「べ、別に弱音を吐いたわけじゃないわ。ただ、あなたに心配される筋合いは……」
「でも、心配するだろ。仲間なんだから」
「っ……!」
わずかに耳まで赤く染まるアリシア。
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11. 揺れる巫女の心
一方でリリィは、不安げに俺を見つめていた。
「蓮くん……私、関わらない方がいいのかもしれない。教団の巫女だって知られたら、みんなを危険に巻き込む」
「そんなわけないだろ」
俺は即答した。
「お前がいたからアリシアは助かったんだ。俺だって助けられた。……だから、これからも一緒にいてくれ」
リリィの瞳が潤み、微笑む。
「……ありがとう。やっぱり、蓮くんは……ずるいよ」
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12. 次なる火種
その夜。
学園に戻った俺たちを、校長の重々しい声が迎えた。
「月誕祭を襲った影王の刺客……放置はできぬ。近々開催される“学園武闘祭”は、影王が再び動く好機となろう」
武闘祭――学園最強を決める大舞台。
その裏に、影王の魔手が伸びようとしていた。
俺とアリシア、そしてリリィは、互いに視線を交わす。
物語は次なる戦場へと動き出していた。