第5章 迫る影王の影
1. 夜明けの報告
救出作戦から一夜明け、俺たちは学園長室に呼び出された。
朝日が差し込む部屋には、学園長と数名の教師、そしてミリアがいる。
「まずは……妹を救ってくれて感謝する」
ミリアが深く頭を下げた。
彼女の顔にはまだ疲労の色が残っているが、瞳はしっかりと俺を見ていた。
学園長は、机の上に置かれた黒い瘴石を指差した。
「これを調べた結果、影王直属の部隊〈黒紋衆〉のものだと判明した。
つまり、影王はすでに学園周辺まで勢力を伸ばしている」
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2. 全面警戒態勢
「本日より、学園は全面警戒態勢に入る」
学園長の言葉に、室内がざわめく。
「生徒たちはどうなるんですか?」
俺の問いに、学園長は苦い顔をする。
「表向きは訓練強化期間だ。だが実際は、学園を要塞化し、影王の侵入を防ぐ」
その瞬間、アリシアが一歩前に出た。
「……影王は、勇者の命を狙ってくるはず」
そう言って、ちらりと俺を見る。
「だから私が、あなたを四六時中監視するわ」
「監視って……護衛じゃなくて?」
「……同じようなものよ!」
頬をわずかに染めながら、彼女は目を逸らした。
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3. 二人の距離
会議が終わり、廊下に出ると、アリシアが並んで歩いてきた。
「……あの、ありがとな」
「何が?」
「昨日、俺を信じてくれたこと」
「……勘違いしないで。あれは、作戦を成功させるため」
そう言いつつも、口調は昨日より柔らかかった。
でも次の瞬間――。
「それと、無茶しすぎ。死なれたら困るのよ……色々と」
ほんの一瞬だけ見せたその表情が、なぜか胸の奥で引っかかった。
4. 護衛=同居?
数日後、学園寮の前で俺は固まっていた。
目の前には、荷物を抱えたアリシア。
「……なぁ、その大荷物は?」
「今日からここに住むの」
「は? どこに?」
「決まってるでしょ、あんたの部屋」
サラッと言いやがった。
「いやいや、男女が同じ部屋なんて……」
「護衛対象の傍にいなきゃ意味ないでしょ?」
真顔で言われ、言い返せない。
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5. 朝からツンデレ
翌朝――。
目を開けると、アリシアが机で何か書き物をしていた。
「おはよ」
「……もう少し寝てれば? どうせ訓練は私が起こすんだから」
口は悪いが、机の上には俺の分の朝食が置かれていた。
「これ……お前が作ったのか?」
「……余り物をまとめただけよ」
と言いつつ、微妙に耳が赤い。
パンを一口かじると、ほんのり甘くて温かい。
なんか――悪くない。
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6. 影の囁き
その日の午後、訓練場の裏手で、俺は偶然耳にした。
『……影王様が、ついに“あの姫”を……』
低い声の正体を確かめようと近づくが、足音で気づかれ、声の主は影のように消えた。
「あの姫……ってまさか」
頭をよぎるのは、アリシアの顔。
だがその瞬間、背後から彼女の声がした。
「……何してるの?」
「いや、ちょっと……」
ごまかすと、彼女は一瞬だけ眉をひそめたが、何も言わなかった。
7. お風呂事件
その日の夜、訓練と講義を終えてヘトヘトになった俺は、寮の浴場に向かった。
ドアを開けた瞬間――。
「……っ!? あ、あんた何してんのよ!」
目の前にいたのは、タオル一枚のアリシア。
湯気の中、白い肩が露わになって――。
「うわあああああああっ!?」
慌ててドアを閉める俺。
「お、俺は知らなかったんだって!」
「言い訳は牢屋で聞くわよ!」
中から飛んでくる桶。ガンッとドアが揺れた。
……死ぬかと思った。
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8. 夜の物音
その夜、布団に入って間もなく――。
「……ねぇ」
暗闇の中、アリシアが小声で話しかけてきた。
「さっきの、見た?」
「見てない! 本当に!」
「……そっちじゃないわよ。寮の外から、何か音がしたの」
真剣な声に、俺も耳を澄ます。
かすかに聞こえる、金属が擦れるような音。
「……行くぞ」
二人でそっと部屋を抜け出した。
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9. 忍び寄る影
寮の裏庭。
そこには、全身を黒い布で覆った人影が二つ。
ひとりは壁をよじ登り、もうひとりは何かを窓から投げ入れようとしている。
「侵入者か……!」
俺が剣を抜こうとした瞬間、アリシアが前に出た。
「あなたは後ろに」
その声は、普段のツンデレな調子ではなく、鋭い戦士の声だった。
10. 月下の一閃
月明かりが庭を照らす。
アリシアは腰の細剣を抜き放ち、地を蹴った。
「っ……速っ!」
俺の目では追いきれないほどの速度で、彼女は侵入者の前に回り込む。
一閃――黒布の男の短刀が宙を舞った。
「ぐっ……!」
もう一人の影が背後から彼女に飛びかかるが、アリシアは迷いなく振り返り、足払い。
黒影は地面に叩きつけられ、息を呑む暇もなく剣先が喉元に突きつけられた。
「誰の差し金?」
低く鋭い声。
普段の「生意気姫」とは別人の、戦場の女騎士の顔だった。
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11. 影王の名
捕らえられた暗殺者は、歯を食いしばり黙り込む。
だが、もう一人が苦しげに口を開いた。
「……影王……様は……“月誕祭”で……」
そこまで言った瞬間、男の体が小さく震え――次の瞬間、黒煙が立ち上った。
「なっ……!」
煙が晴れると、そこには何も残っていなかった。
「自己消滅の呪印……」
アリシアが剣を収めながら、険しい表情で呟く。
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12. 夜明けの会話
寮に戻る途中、まだ夜の冷気が残る中、俺は口を開いた。
「……やっぱり、お前が狙われてるんだな」
「……そうね。でも護衛の任務は変わらないわ」
強がるように笑うその横顔は、ほんの少し震えていた。
「なら、俺も戦う。お前一人に背負わせない」
思わず言うと、彼女は一瞬驚いた顔をして――。
「……あんた、バカじゃないの」
そう言いながらも、耳まで赤くなっていた。