第4章 学園に潜む影
1. 不穏な朝
学園の鐘が鳴る前から、空気は重かった。
空は晴れているのに、胸の奥がざわつく。
「……今日、なんか変だな」
俺は教室に入るなり、窓際の席から外を見た。
中庭を歩く生徒たちの顔が、どこか落ち着かない。
ざわめきの中心には、衛兵らしき男が立っていた。
「蓮、聞いたか?」
隣の席のリオが声を潜める。
「昨日の夜、北区でまた行方不明者が出たらしい。……足跡も血痕も、何も残ってなかったって」
(魔族……か)
あの闘技場で感じた黒い気配が、脳裏に蘇る。
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2. ツンデレ姫の呼び出し
昼休み、突然、教室の扉が勢いよく開いた。
「勇者、ちょっと来い!」
アリシアが仁王立ちしていた。
「は、はい……」
クラス全員の視線が痛い。
連れられた先は、学園の旧図書塔。
扉を閉めると、アリシアは真剣な目で俺を見た。
「昨夜の失踪事件――影王の手の者の仕業だと断定された」
机に広げられた地図には、赤い印がいくつも打たれている。
「つまり……この辺りが狙われてるってことか」
「そう。そして次に狙われるのは――この学園だ」
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3. 潜入作戦
「で、俺たちがやるのは?」
「夜間巡回だ。学園に潜入している魔族を炙り出す」
「潜入って……俺たち、普通に生徒じゃないですか」
「巡回中は正体を隠す。勇者と王女が動いていると知られれば、奴らは逃げる」
そう言ってアリシアは、黒い外套と仮面を俺に渡した。
「……これ、なんか盗賊っぽいんですが」
「黙れ。動きやすさ重視だ」
ツンツンした声色なのに、渡す手はほんの少し震えていた。
俺はその理由を聞かず、外套を羽織った。
4. 夜の足音
夜の学園は、昼とは別世界だった。
石畳の廊下は月明かりに照らされ、影が長く伸びる。
窓の外からは、風に揺れる樹々の音だけが聞こえた。
「足音を殺せ、勇者」
「……俺の名前は蓮です」
「夜は呼びやすい方で呼ぶ」
アリシアは猫のような身のこなしで、廊下の角を曲がる。
俺も足音を消すように気をつけながら、その背を追った。
その時――。
カツン……カツン……。
奥の回廊から、規則正しい靴音が響いてきた。
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5. 不審な影
廊下の先、月明かりの下に人影が浮かび上がる。
長いローブにフードを被り、手には黒い袋を提げている。
「……魔族か?」
俺が小声で問うと、アリシアは首を振る。
「気配が妙だ。完全な魔族ではない」
人影は、扉の前で立ち止まった。
そして袋の中から、黒い光を放つ石を取り出す。
(あれ……瘴石だ。魔族が魔力を凝縮した危険物だ)
アリシアが合図を送る。
二人同時に飛び出し――
「動くな!」
俺の声に反応して、人影は驚き、石を落とした。
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6. 予想外の人物
仮面を剥ぎ取ると、そこにいたのは――。
「……お前、生徒会の副会長、ミリアじゃないか!」
栗色の髪の少女は、怯えたように俺を見た。
その目は、涙で揺れている。
「お願い……これは違うの……!」
「言い訳はあとだ。瘴石を持って何をするつもりだった」
アリシアの声は冷たかった。
しかしミリアは震える声で答える。
「影王に……妹を人質に取られたの。やらなきゃ……妹が殺される……」
俺とアリシアは、一瞬だけ顔を見合わせた。
7. 影王の潜伏先
ミリアの震える声を聞き、俺は即座に決めた。
「……場所を教えてくれ。すぐ行く」
「蓮……軽々しく――」
アリシアの制止を手で制す。
「放っておけないだろ。人質は時間との勝負だ」
ミリアが指し示したのは、学園の外れにある旧温室。
今は廃墟同然で、誰も近寄らない場所だ。
夜の庭園を抜け、温室へ向かう。
そこには割れたガラスと、蔦に覆われた扉があった。
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8. 罠と突入
扉を押し開けると、湿った空気と、甘ったるい香りが漂った。
中は闇に包まれ、床一面に枯葉が積もっている。
「……おかしい、静かすぎる」
アリシアの言葉と同時に、背後で扉が閉まった。
――ギィィンッ!
四方から魔法陣が浮かび上がり、鎖のような魔力が絡みつく。
その奥から、低い笑い声が響いた。
「勇者に姫……まさか餌に釣られて来るとは」
闇の中から現れたのは、漆黒の鎧を纏った影王の配下、〈影従者〉。
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9. 解放への一撃
「ミリアの妹はどこだ!」
俺が叫ぶと、影従者は鎖を操り、俺たちを締め上げた。
「……妹なら、奥で眠っている。永遠にな」
その瞬間、アリシアが短剣を抜き、鎖を断ち切った。
「蓮、行け! 私がこいつを足止めする!」
「いや、二人でだ!」
俺は剣を抜き、アリシアの背中に並んだ。
鎖が襲いかかる――
剣と短剣で切り裂き、一気に距離を詰める。
「はあああああっ!」
渾身の一撃が、影従者の胸を貫き、黒い霧となって消えた。
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10. 救出と……ほんの一言
奥の小部屋で、縄で縛られた少女を見つけた。
ミリアの妹は、まだ息がある。すぐに抱き起こす。
「……よかった」
アリシアも安堵の表情を見せ――すぐにそっぽを向いた。
「べ、別にあんたのことなんて心配してなかったんだからね。
ただ……任務だから、一緒に戦っただけよ」
「はいはい。ありがとな、アリシア」
俺が笑うと、彼女は真っ赤になって「うるさい!」と返した。
夜明け前、俺たちは妹を連れ、学園へと戻った。