第1章 宣戦布告と初対決
1. 王都到着と騒動の幕開け
王女アリシアとの初遭遇から数時間後。
俺は彼女に半ば強引に連行され、王都リオネールへとたどり着いていた。
遠くから見えた城壁は、近づくとさらに巨大だった。
高さ二十メートルはある灰色の石造りで、その外側には水をたたえた堀。橋を渡るたび、現代日本の感覚がリセットされていく。
「これが……王都……」
「物珍しそうにするな。田舎者だと笑われるぞ」
隣の白馬にまたがったアリシアは、相変わらず俺に冷たい視線を送ってくる。
美人は美人だが、言葉の端々にトゲがある。
「いやまあ、実際田舎者みたいなもんですけど……」
「開き直るな! 勇者ならもう少し威厳を持て」
「勇者って言われても、こっちは今日来たばっかなんでね……」
俺が肩をすくめると、アリシアは鼻を鳴らして前を向いた。
王都の中は賑やかだった。石畳の大通りには商人、旅人、兵士、そして笑い声。
屋台からは焼きたての肉の匂いが漂い、どこからか笛の音が聞こえる。
まるで祭りの最中みたいだ。
「今日は市が立っている。異国の品も多い。……もっとも、お前が見物する暇はないがな」
「え、なんで?」
「お前にはこれから、国王陛下への謁見が待っている」
――国王。つまり、王女の父親。
いきなりハードルが高い相手と面会することになるとは……。
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2. 王との謁見
玉座の間は広く、天井が高い。
赤い絨毯の先には、金色の装飾を施した椅子に腰掛けた壮年の男――国王レオポルド・リオネールがいた。
「ほう……これが神託の勇者か」
低く響く声。周囲には重装の騎士たちが整列し、緊張感が走る。
「は、初めまして。天城蓮です」
「遠き異界より来たる者よ。我が国は今、魔王軍の脅威にさらされておる。お主には――」
「陛下! 勇者など当てになりません!」
突然、アリシアが割って入った。
その堂々とした姿に、王の眉がわずかに動く。
「アリシア……何を言う」
「私は未来視の神託を見ました。この者がやがて王国を混乱に陥れると。ゆえに、ここで力を試させていただきたいのです!」
「……ふむ」
王はしばし考え込み、やがて重々しくうなずいた。
「よかろう。では勇者よ、アリシアと手合わせをせよ」
「え、今?」
「そうだ。もし王女に勝てぬようであれば、魔王など討てるはずがない」
……まあ、正論だ。
だがこの王女、絶対に本気で俺を潰しに来る気だ。
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3. 訓練場での対決
王城裏手の訓練場は円形闘技場のような造りだった。
観客席には兵士や侍女たちが集まり、何やら面白い見世物が始まるといった空気。
「手加減は無用だ、勇者」
アリシアは銀の剣を抜き、陽光を反射させる。
「いやまあ、本気出したら後悔しますよ?」
「ふん、口先だけは勇ましいな」
審判役の騎士が手を上げ――。
「始め!」
瞬間、アリシアが踏み込んだ。
鋭い突きが喉元を狙う。俺は咄嗟にバックステップでかわす。
《無限適応》――神様がくれた能力。
一度見た技をすぐ真似できるのなら……。
アリシアが繰り出した二撃目を紙一重で避け、同じ踏み込みで反撃。
金属音が響き、剣と剣が火花を散らす。
「なっ……!」
「意外といい剣筋ですね、王女様。でも――」
俺は彼女の剣を外側に弾き、そのまま柄で軽く胸当てを突いた。
「一本」……のつもりだったが。
「っ……!」
アリシアの頬がかすかに赤くなった。
いや、怒りでか? それとも――。
「……調子に乗るな!」
次の瞬間、彼女は魔法を放った。
風の刃が唸りを上げ、俺の頬をかすめる。
「魔法アリなんですかこれ!?」
「戦いに卑怯も何もない!」
……いや、絶対あるだろそれ。
4. 決着の瞬間
アリシアの魔法が放つ風圧に押されながら、俺は歯を食いしばった。
刃がかすめた頬が熱い。けれど、何となくわかる――彼女は本気で殺すつもりはない。
ギリギリのラインで俺を試しているのだ。
「はああああっ!」
王女の叫びとともに、銀の剣が正面から振り下ろされる。
その瞬間、俺は前に踏み込み、剣を持つ腕を外側から掴んだ。
「っ……!?」
腕をひねって剣を落とさせ、そのまま彼女の背後に回る。
そして剣先を彼女の首筋すれすれに構え――。
「これで……終わりですかね」
「……っ、降参だ」
静まり返る訓練場。
審判の騎士が「勝負あり!」と声を張り上げた瞬間、観客席からどよめきが上がった。
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5. ツンデレ的感想
「……まさか勇者ごときに遅れを取るとはな」
王女は悔しそうに唇を噛みしめながらも、視線は逸らしたままだった。
負け惜しみでも言うかと思えば――。
「……なかなか、悪くはなかった」
「え、今なんて?」
「何も言っていない!」
剣を拾い上げたアリシアは、ぷいっと背を向けて歩き出す。
ああ、これが……いわゆるツンデレってやつか。
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6. 国王からの命令
玉座の間に戻ると、国王レオポルドが口元を緩めた。
「見事であった、勇者よ。アリシアと互角に渡り合うとは」
「ありがとうございます」
「だが、まだお主の力は未知数……ゆえに、まずは王立魔法学園で研鑽を積め」
「魔法学園……ですか」
「うむ。そこには剣も魔法も一流の教師がそろっておる。お主の《無限適応》とやらも、より鍛えられよう」
そうして、俺は異世界生活二日目にして、まさかの学園生活を命じられた。
しかも――。
「勇者、お前のクラスは私と同じだ」
「え、ちょっ……王女様も?」
「ふん、監視するためだ。お前が何か企んでいないか、この目で確かめてやる」
監視……いや、絶対に面倒くさいことになる予感しかしない。
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7. 学園入学への準備
王都の城下町で、制服や教材を揃えることになった。
アリシアはなぜか俺の買い物に同行してくる。監視とか言ってたけど、どう見ても付き添いだ。
「サイズは合っているのか?」
「はいはい、大丈夫ですよ」
「だらしない格好は許さんぞ」
「……本当、世話焼きですね」
「べ、別にお前のためじゃない!」
やっぱりツンデレだ、この人。
8. 王立魔法学園の入学式
翌日、俺とアリシアは王都の北にある王立魔法学園へ向かった。
高い尖塔が何本もそびえ、白い石造りの校舎は城にも負けない威厳を放っている。
入学式では国王自ら祝辞を述べ、その後は華やかな音楽とともに新入生の入場。
俺はもちろん、好奇の目に晒されまくりだった。
「見ろよ、あれが異世界から来た勇者らしいぜ」
「隣にいるの……王女殿下じゃないか!? 同じクラスとかヤバい」
ひそひそ声が耳に刺さる。
「勇者、胸を張れ。お前はもう、王国の注目の的だ」
「……いや、ただ目立ってるだけですよね」
「それを誇れと言っている!」
王女は堂々としていて、俺との態度の差にため息が出る。
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9. 模擬戦の再戦
入学初日から、各クラスの実力を測る模擬戦が行われた。
運命のいたずらか、俺の対戦相手は――またしてもアリシア。
「今度こそ完膚なきまでに叩きのめす!」
「いや、入学早々ケンカってどうなんですか」
「これは試合だ! 遠慮は無用!」
訓練場の観客席にはクラスメイトたちが詰めかけ、早くも賭けを始める者までいた。
「始め!」
アリシアは開幕から剣と魔法を組み合わせた連撃を仕掛けてくる。
剣を防ぎ、魔法を躱す――その繰り返しだが、前回よりも速く、重い。
「お前……強くなってません?」
「ふふ、王女を舐めるな!」
彼女の一撃を受け止めながら、俺は逆に彼女のフォームを目に焼き付ける。
《無限適応》が発動し、足運びや体重移動まで自然と真似できるようになる。
そして隙を突き、再び彼女の背後を取った。
「……また、負けたか」
「引き分けですよ。最後の一撃は止めましたから」
「……ふん」
言葉では不満そうだが、その頬はほんの少し緩んでいた。
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10. 少しだけ縮まった距離
試合後、二人で城下町のカフェに立ち寄った。
氷菓子を前に、アリシアは視線を逸らしながら口を開く。
「……まあ、悪くない相手だった。お前が勇者としてやっていけるか、少しは信じてもいいかもしれない」
「お、信頼ポイント1ゲットですね」
「調子に乗るな! まだマイナスからのスタートだ!」
そう言いつつも、アリシアは氷菓子を俺の皿に少しだけ分けてくれた。
ツンツンしてるけど、根は優しいんだよな、この人。
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こうして、俺とツンデレ姫の関係は、敵対から少しだけ協力へと進んだ――。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
学園生活が、魔族の影と陰謀に満ちていることを……。