プロローグ
その日、俺――天城蓮は、人生最期の瞬間を迎えていた。
放課後、部活帰りの夕暮れ。自転車のペダルを軽快にこぎながら、来週のサッカー大会のことを考えていた時だ。
赤信号、踏切、カンカン鳴り響く警報。
――それでも、間に合うと思っていた。
だが、思ったよりも列車は速く、思ったよりも俺の判断は遅かった。
視界が真っ白になり、耳の奥で自分の心臓の音が遠ざかっていく。
そして――。
⸻
「おお、目覚めたか、勇者よ!」
目を開けた瞬間、視界いっぱいにひげモジャの老人が飛び込んできた。
背景は大理石のように白い柱、天井には金色の文様。どこか神殿のような荘厳な雰囲気。
「え……えっと……俺、死んだ?」
「無礼者! ここは神の御座す《転生の間》。貴様は選ばれし魂として、異世界へと生まれ変わるのだ!」
選ばれし魂。
異世界。
転生。
いや、待てよ……それ、最近よく聞くアレじゃないか? ラノベとかゲームでありがちな――。
「心配無用! お主には特別な能力を授けてやろう。名付けて……《無限適応》!」
「むげん……てきおう?」
「いかなる武器も魔法も、一度見れば使いこなせる能力じゃ。チートじゃろ?」
チートって言ったよ、この神様。
いや、便利そうだけど、なんかチートって自分で言うと安っぽいな……。
「では、頼んだぞ! この世界を救え! 魔王を討て! そして――」
「そして?」
「――くれぐれも、王女には手を出すな」
「……は?」
次の瞬間、足元が光に包まれ、俺は真っ逆さまに落ちていった。
⸻
目を開けると、そこは草原だった。
青い空、まばらな雲、遠くに城壁が見える大きな街。そして……。
「お、おいそこの貴様!」
振り向くと、白馬にまたがった少女がいた。
金色の髪を陽光にきらめかせ、蒼い瞳がまっすぐ俺を射抜く。
着ているのは豪奢なドレス風の軽鎧。腰には細身の剣。
……そして、その顔立ちは息をのむほど整っていた。
「お前が……勇者、天城蓮だな?」
「え? あ、はい。そうですけど」
「ふん、くだらない。私がこの手で倒す!」
「いや、ちょっと待って。初対面ですよね? なんで俺、いきなり殺されそうになってんの?」
「理由などどうでもいい! あの未来視の神託が真実なら、お前はこの国を乱す存在だ! 放っておけば……王国も、私も、破滅する!」
「え、それマジで誤解じゃ――」
「黙れ!」
彼女は一歩、馬を進め、剣先を俺の喉元に向けた。
その仕草がなぜか妙に様になっていて、俺は言葉を失った。
「名を名乗ろう。私は――アリシア・リオネール。この王国の第一王女だ」
「……あー、なるほど。神様が言ってた王女って、あんたのことか」
「? 何をぶつぶつ言っている。構えろ、勇者! 私は今すぐ、お前を叩きのめす!」
こうして俺は、転生直後からツンデレ(?)王女に宣戦布告されるという、予想外すぎる異世界生活をスタートさせたのだった。