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8/12

負けヒロインの依存する失恋

 学校の食堂。

 湯気を立てる肉うどんを前に、私はひとり箸を動かしていた。


 昨日の出来事――トモと一緒に行ったカフェの記憶が、つるりとすすった麺の温もりと一緒に、脳裏をちらつく。


 ……あの顔、ちょっと反則でしょ。


「おっ、神木じゃん!」


 突然声をかけられて、私は顔を上げた。


 そこには、カツ丼をお盆に乗せた春樹が立っていた。


「なぁんだ、春樹か……ビックリした」


「なんだよその反応……ってか、噂聞いたぞ? 彼氏できたんだって?」


「できとらん!」


「だろうなぁ……」


 即答した私に、春樹は苦笑しながら私の隣へ腰を下ろす。


「てかさ、合コンどうだった? 成果は?」


 私は肉うどんをすすりつつ、軽口を叩く。


「全然だったよ……見た目はみんな可愛かったんだけど、なんかこう……ビビッと来る感じがなくてさ」


「贅沢な悩みだな、まったく」


 私は呆れながら春樹の肩を軽く叩いた。


 すると――


「あれ、神木さんに春樹?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、今度はカレーライスを手にした裕貴が立っていた。


「おや、悠里は? ……まさかフラれた?」


 私はからかうように笑いながら言う。


「ち、違うって!」


 裕貴は焦った様子で手を振った。


「今日は悠里が忙しくてお弁当作れなかったんだって。他の友達と食べる約束があるらしくて、だから俺はここに来たんだ」


「ふぅん、そっか。……隣、空いてるよ」


「ありがとう」


 そう言って、裕貴が私の隣に座る。優しげな笑みが、なんだか眩しく見えた。

 

「で? 最近どうなのよ? 悠里とは」


 私は裕貴のほうへ少し体を向け、肩肘をつきながら軽口を飛ばす。


「んー、変わらないよ。……今も、悠里のことが大好きなのは相変わらずだし」


 そう言って、裕貴は照れたように頬をかく。その仕草に、私は少しだけ胸が締めつけられた。


 ――愛おしいな。

 このまっすぐなところ、変わらないところ、全部。


 こんな風に応援したくなるカップルに、私もなれたらよかった。

 私も……悠里みたいに、可愛くて、素直で、愛嬌のある子になれてたら。


 気づけば、私は裕貴の横顔をじっと見つめていた。


 ……本気で好きだった。

 でも、終わったはずの恋。手放したはずの想い。


 それなのに、目の前にいる彼を見ていると、心の奥がズキンと疼く。

 ――最低だな、私。決意したくせに、未練だけ残してる。


「……神木さん?」


 ふいに裕貴が、私の顔を覗き込むようにして言った。


「ボーッとしてたけど、どうかした?」


 はっ、と我に返る。

 この感情は、今はまだ見せちゃいけない。


「……いや、なんでもない。それよりさ、春樹の合コンの話、続き聞かせてよ」


「えぇ!? そっち!?」


 春樹は戸惑いながらも、箸を止め、顔をしかめて語り始めた。


「まぁ……可愛い子ばっかだったな。優しい子もいたし、清楚で胸がデカい子もいた」


「……アンタ、ほんとむかつくわ」


「なんで!?」


 思わず私は春樹の腕を肘で軽く突く。

 そんな私たちを見ながら、裕貴は穏やかな笑みを浮かべていた。


 ……この空気、懐かしいな。


「で? 神木、お前の恋愛事情はどうなんだよ?」


 春樹の一言に、私は一瞬だけ呼吸を止めた。


「……特に、なにもないよ。平和」


 口をついて出た言葉は、嘘じゃないけど本音でもない。


 春樹はニヤリと笑みを浮かべた。


「へぇ~? もしかして気になる人でもできたんじゃないの?」


「えっ、本当に? 神木さん!」


 裕貴まで、興味津々に顔を寄せてくる。


 ……あんたに言われたくない。こっちは、まだお前のことが気になってるってのに。


「いないってば! 気になる人なんて、い・な・い!」


 語尾に力を込めて否定する。


 けど――


「神木さんには、きっといい人が現れるよ」


 裕貴は、そんな言葉を真顔で言った。


 ――ズルいよ。

 なんでそんなに優しいの。

 自分が誰かの“希望”になってることに、なんで気づいてくれないの?


「……あんたのそういうとこ、ほんと嫌い!」


「えぇ!? なんで!?」


「ちょっとは自覚しろ、この鈍感バカ!」



 昼休みも終盤。

 裕貴と春樹と別れ、私はトレイを返却して食堂を出た。


 空になった廊下を、一人で歩く。

 胸の奥でくすぶっていた気持ちが、じわじわと広がっていく。


 ――未練なんか、ないはずなのに。


「お、神木じゃん。珍しいな、一人でウロウロとは」


 声をかけてきたのは、私たちの担任・沢田先生だった。


 ラフなジャージ姿に、いつも通りのド直球スマイル。

 だけど、今の私にはその明るさがやけにまぶしく見える。


「先生……先生って、いい人見つかりました?」


 我ながら、突拍子もない質問だった。


「――その話、二度と言ったら〆るぞ」


 冗談めかしてそう言った先生の目は、どこか本気だった。


 けれど、すぐに表情を和らげて、問い返してくる。


「どうした、神木。らしくないじゃん。なんかあったか?」


 先生の何気ない言葉に、私の中に張りつめていた糸が、ふっと緩んだ。


「……実は。好きになっちゃいけない人に、まだ未練があるんです」


 吐き出すように、私は言った。


「もう終わった恋だって、何度も自分に言い聞かせてるのに。

 顔を見るたびに、心が――どうしようもなくドキドキするんです。

 私、やっぱり……変ですよね」


 笑おうとしたけど、うまく笑えなかった。

 それでも沢田先生は、からかったり、茶化したりせず――真剣に、私の言葉を受け止めてくれた。


「神木、それって全然、変じゃないぞ」


「え?」


「恋ってのはさ、“しちゃいけない”も、“するべき”も、ほんとは誰にも決められない。

 ただ、現実には“しちゃいけない恋”ってのも、あるにはある。そりゃ、な」


 先生の言葉は、不思議と胸にすっと入ってきた。


「でも、どう終わらせるかはお前次第だ。

 諦めきれないなら、無理に忘れることはない。

 けど――その未練のままじゃ前に進められないと思う」


「……」


「本当に忘れたいなら、そいつより“もっと好きになれる誰か”を探すことだ。

 そいつを上書きできるくらいの、本物の恋を、してやれ」


 その言葉は、私の胸にしっかりと届いた。


 だけど先生は、最後にいつもの調子で付け加える。


「ちなみに私は、恋人どころか結婚どころか、彼氏いたことねぇ独身だけどな!」


「えっ、先生……!」


「なーにわろてんねん」


 それでも、先生の目はどこか優しかった。


「……でもさ、いいよなぁ。恋に悩める学生って」


 ぽつりと漏らしたその言葉には、少しだけ寂しさがにじんでいた。


 私は思わず、笑いながら返した。


「先生にも、いつか素敵な出会いがありますよ!」


「おう、ありがとな――って、黙れコラァァァァ!!」


 先生の怒号が、誰もいない廊下にこだました。


 ――でも、なんだろう。

 さっきまで心の奥にあった霧みたいなものが、少しだけ晴れた気がする。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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