弱いままじゃいられない!
駅前のカフェ。トモと私は向かい合って席に着き、それぞれのドリンクを手にしていた。
「トモ、怪我……大丈夫?」
「は、はい。軽傷なので……だいじょうぶです」
気丈に笑う彼の頬には、まだうっすらと痣が残っている。
「さっき、私に話しかけてきた男。アンタの知り合い? ……あんまり、良い関係には見えなかったけど」
「……それは」
彼は一瞬、目を伏せ――口を開いた。
「……いじめられてるんです、学校で」
「……そっか」
私はうつむく彼に、思わずグッと拳を握る。
「私はトモと同じ高校じゃないから、直接どうこうはできないけど……相談くらいなら乗れるし、話も聞ける。だから――連絡先、交換しよ?」
「えっ……いいんですか?」
「なに言ってんの。当たり前じゃん、私たち、友達でしょ?」
自然な笑顔で言いながらスマホを取り出すと、彼も少し戸惑いながらスマホを差し出してきた。
こうして私たちは連絡先を交換した。
「あ、このアニメのアイコン……そのキャラ、私も知ってるよ」
「えっ!? ほんとですか!? 僕、このアニメめちゃくちゃ好きで……特にこのキャラが推しで、個性的で――」
「……」
「あ、ごめんなさい! なんか、うるさかったですよね」
「いいよ。もっと聞かせて? そのアニメの話」
彼の語る言葉に耳を傾けながら、私はほんの少しだけ、彼の世界に入り込めた気がした。
人に語るのが怖くて押し殺していた“好き”を、ちゃんと話せるように――。
それは、きっとささやかな“一歩”だった。
※
それから私たちは、アニメグッズの店、本屋、トモの興味に合わせた場所をあちこち巡った。
いつの間にか、外は夜になっていた。
「わっ、もう19時じゃん! 時間、忘れてた!」
「大丈夫ですか? 女の子が一人で夜道なんて……」
「なに? 心配してくれてるの?」
私が冗談めかして笑うと、トモは赤くなって慌てふためく。
「だ、大丈夫です! 僕なんかより、神木さんのほうが強いですし!」
「……強いのは否定しないけどね。じゃあ、気をつけて帰りなよ?」
そう言って背を向けようとしたとき、彼が小さく叫んだ。
「――あのっ!」
私は振り返る。
「また明日!」
……ちょっと驚いた。
でも、それ以上に、嬉しかった。
「……うん、また明日ね!」
※
翌朝。
学校に向かう途中、私はふと昨日のことを思い出していた。
不思議な子。でも、優しくて、不器用で――どこか放っておけない。
「お、五十嵐じゃん」
「うげ、神木先輩じゃん」
「うげってなんだよ。朝から失礼だな」
「そういえば、先輩って……彼氏、できたんですね?」
「はぁ!?」
「だって、うちの学校の子が言ってたんですよ? “神木先輩が男子とデートしてた!”って」
「ああ、それね……トモのことか」
「え、ほんとに彼氏?」
「違うわ。ただの友達だっての」
「ふーん……まぁ、先輩がどんな男と付き合おうが私には関係ないですけど。……変な男には、引っかからないでくださいね」
彼女はそう言って、そっぽを向いた。
私はにやりと笑う。
「なんだよ、心配してくれてんじゃんかよ」
「ち、違います! ただの挨拶です!」
※
教室に入ると、いつものように真由や歩美たちがいた。
「おっはー!」
「おはよう! 神木!」
「ねぇ、神木ちゃん。彼氏できたって噂、本当?」
「残念ながら、違います。ほしいけど!」
「じゃあ、あの男の子は?」
「だから、ただの友達!」
「うわー、絶対気になってるやつだ!」
「うっさい!」
※
そして、昼下がり。
僕――景久智は学校の門を出ようとしていた。
「……今日もいじめ、なかったな」
主犯格だった真司が、僕を見るなり逃げ出すなんて。
神木さんのおかげ、かな。
そんなことを思っていると、校門前がざわついていた。
「なぁ、あの子、誰待ち?」
「え、可愛くない? 彼氏待ちかな?」
僕が人だかりをかき分けて外を見ると――
そこに立っていたのは、制服姿の神木さんだった。
「――神木さん!?」
彼女は僕を見つけると、にっこりと微笑んだ。
「よ、トモ。ちょっとツラ貸してよ?」
僕は思わず、胸の奥で何かが温かく鳴った気がした。
――僕は、もう弱いままじゃいられない。
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