負けヒロインの新たな出会い
「アンタ、名前は?」
電車の空いた座席に並んで座りながら、私は昨日助けたばかりの少年に問いかける。
「え、えっと……僕は景久智って言います」
「ふーん、じゃあトモって呼ぶね」
「えっ!? いきなり下の名前呼び!? あ、あの、それなら僕も神木さんを……」
彼が困惑している顔が面白くて、つい意地悪く口元が緩む。
「あー、なんか嫌そうな顔してる!?」
「冗談だよ。でもね、トモとは仲良くなったら下の名前で呼び合うってことでいい?」
「なんですかそのルール……じゃあ僕の方は?」
「私は特別だからいいの!」
トモは呆れつつも楽しそうな表情で微笑んでいる。からかいやすい性格って悪くない。
「そんなことより、アンタうちの高校じゃないよね? どこの学校?」
「海南高校です。不良とか多くて、あまり評判良くないんですけどね……」
「海南か。近いじゃん! また会えるといいね」
私が笑って立ち上がると、トモが慌てて声をかけてきた。
「あ、あの! 神木さん!」
「ん?」
「次、いつ会えますか!? き、昨日のお礼がしたくて!」
その頬が赤く染まるのを見て、私はニヤリと笑った。
「トモ、もしかして私のこと好きになっちゃった?」
「ち、違います! お礼ですよ!」
まあ、本気でそう思ったわけじゃないけど――。
「分かった! じゃあ、今日の帰りに商店街で待ち合わせね!」
私は手を振りながら電車を降りる。
※
学校の下駄箱前に着くと、馴染みのある後輩の顔が目に入った。
「あ……神木先輩」
「お、五十嵐か」
五十嵐累。最近転校してきて、裕貴を好きだった子。私には微妙にトゲがある態度だけど。
「今日、妙に機嫌が良さそうですね。何かありました?」
「そう? 昨日人助けしたからかなー」
「え、先輩が人助け? 天変地異の前触れですね」
「張り倒すぞ」
「あ、五十嵐ちゃんに神木先輩!」
背後から澤部が現れ、笑顔を向けてくる。
「神木先輩、今日もカッコいいですね!」
「だろ? 昨日の件で磨きかかっちゃったかなー」
「先輩そういうのいいんで、私たちは行きます」
そう言って立ち去ろうとする五十嵐が突然明るく声をあげる。
「あっ! 裕貴先輩だ! 裕貴せんぱーい♡」
悠里に見られたら絶対ヤバイぞ、と思いながらも、私の視線もつい裕貴を追っていた。
「私も馬鹿だな……」
軽く頭を叩いてから、裕貴の横へ向かう。
そして、彼の背中を軽く叩く。
「おはよう、裕貴」
「おはよう、神木さん」
※
昼休み、珍しく一人で学食の肉うどんを食べていると、見慣れた男子が席に座った。
「あれ、神木じゃん」
「春樹か。裕貴とは食べないの?」
「あいつ彼女と食ってるからなー」
「そういえば、春樹も悠里好きだったよね」
春樹が牛丼を勢いよく飲み込み、動揺する。
「なんで知ってんだよ!」
「裕貴から聞いた」
「あの野郎……!」
「修学旅行でフラれたんだっけ?」
「そこまで知られてんのかよ!」
笑いながら肉うどんを食べる私に、春樹が仕返しをしてきた。
「お前だって裕貴にフラれただろ? 裕貴が言ってたぞ」
「アイツ、後で締めるわ」
しばしの沈黙の後、春樹が呟く。
「俺らって負けヒロイン同盟みたいじゃないか?」
「そうだね。てか、好きな人できた?」
「明日合コン」
「私より先に抜け駆けするな!」
二人で笑い合いながら、少し寂しい気持ちを隠す。
※
放課後、悠里と一緒に帰りながら話す。
「裕貴とはどう?」
「うん、ラブラブだよ」
「そうか……二人が幸せでよかったよ。私にも彼氏欲しいなあ」
「神木ちゃんモテるから絶対できるよ! 恋バナいつでも聞くから!」
「聞くだけかい! 相談乗れ!」
そんな会話をしつつ駅前に着くと、昨日の彼が立っていた。
「トモ?」
「あ! 神木さん! 待ってました!」
「神木ちゃん、この子知り合い? まさか、ボーイフレンド?」
「ま、まあそんなとこ!」
「エエエェェェェ!?」
トモの驚いた声が、夕暮れの空に高く響いた。
――なんか楽しかった日々が帰ってきた気がした。
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