ちょっと苦くて、甘い合コン
「……ここが、合コン会場ってやつですか」
テスト明け、金曜の夕方。私はファミレスの外で一度深呼吸してから、重い足を踏み出した。
「ま、気楽にいこうよ。息抜き、息抜き」
そう言いながら、横でひらひら手を振っているのは青原先輩だ。制服の上からロングコートを羽織って、なんだかいつもより大人びて見える。
「息抜きで合コンって、先輩の発想どうかしてますよ……」
「なによ、ちゃんとした出会いの場よ? あんたみたいに片想いズルズルしてる子には、ちょうどいいって思ったんだけどな〜」
「ず、ズルズルって……!」
返す言葉が見つからず、私は思わず唇を噛んだ。
先輩の言ってることは、あながち間違いじゃない。けど、やっぱり複雑なのだ。
※
ファミレスの半個室スペース。窓際に並べられた椅子、テーブルには既にドリンクとメニュー表が並んでいた。
男三人、女三人。
先輩の大学の知り合いの知り合いらしい、年上の男子学生たち。大学一年や二年とのことだが、雰囲気はそれぞれ全然違っていた。
一人はスポーツ系で声がでかい。
一人は物静かで本ばかり読んでる。
もう一人は……なんか軽い。
なんか、予想通りというか、ありがちというか……。
正直、会話のテンションについていくのに苦労していた。けど、さすが青原先輩。どんな相手にも自然体で、話を振って場を盛り上げていく。
「へぇ〜、神木ちゃんは文系なんだ? なんか、雰囲気あるよね」
「え、そ、そうですか……? あ、ありがとうございます」
軽めの男子に微笑まれて、私は曖昧に返事をした。こういう褒め方をされると、どう返せば正解なのか分からなくなる。
「ところで、彼氏とかいんの?」
「っ……えっ」
思わずグラスを持つ手が止まった。
「いないならさ、LINE交換しない? テスト終わったし、遊びに行こうよ。映画とか」
軽い。軽すぎる。
私の中で、何かがスッと冷めていくのが分かった。
「あー、それ言うのちょっと早すぎるってば」
助け舟のように先輩が割り込む。
「ごめんね、ウチの後輩、恋愛偏差値低めだから。いきなり攻めると引いちゃうよ?」
「先輩……!」
内心で思わず手を合わせたくなるほどのナイスアシストだった。
「いやー、でも可愛い子にはすぐ声かけたくなっちゃうんだよね〜。神木ちゃん、ほんとタイプだわ」
……うーん。
たぶん、普通なら嬉しい言葉なのかもしれない。けど―
この人の言葉には、心が全然動かなかった。
なんでだろう。
裕貴が好きだったから?
トモが頭をよぎったから?
それとも、ただ”恋”に臆病になってるだけ?
「……あの、すみません、ちょっとお手洗い行ってきます」
私は笑顔を取り繕って、その場を抜け出した。
※
洗面台で冷たい水をすくって、顔を軽く濡らす。頬に張りついた熱を少しでも鎮めたくて。
……まだ、あたしの中、整理ついてないんだ。
鏡に映る自分の顔を見つめながら、そんなことを思った。
でも、今日来てよかったのかもしれない。
見えてきた。
――まだ、私は誰かを忘れられてない。
だから、ちゃんと向き合わなきゃ。
その「誰か」が誰なのか、心はまだ答えを出してくれないけど。
※
席へ戻ると、青原先輩が気づいてウインクしてきた。
「おかえり、神木ちゃん。さっきはごめんね〜、守っといたから」
「……ありがとうございます、先輩」
小声でそう答えると、先輩は口角を上げて笑った。
「無理しなくていいんだよ。楽しむふりしなくていい。……そのままで、いいじゃん、神木蘭は」
その言葉に、ほんの少しだけ――心が軽くなった。
※
「じゃ、今日はお疲れさまでした〜」
「おつかれー。また機会あったら飲もうぜ!」
ファミレスの前、笑顔で手を振る男子たちと軽く会釈して別れた。
夜の空気は冷たく澄んでいて、喧騒から離れた帰り道では、胸の中に浮かぶものがやけに静かだった。
「ふーっ……やっと終わった」
ため息まじりに呟くと、隣を歩く青原先輩がくすっと笑った。
「おつかれさん、神木ちゃん。頑張ってたね、あんたなりに」
「ええ……まあ、いろいろと勉強になりました」
「で、どうだった? 合コン」
先輩がからかうような目で覗き込んでくる。
「……苦かったです。ちょっとだけ」
私は正直にそう答えた。
「でもね、先輩。気づけたかもしれません」
「ん?」
「私、まだ誰かのこと、引きずってるんだなって。ちゃんと終わらせたつもりだったのに、全然できてなかったって」
少し寒い風が吹いて、コートの裾が揺れた。
「――でも、今日行ってみて、よかったです。多分行かなきゃ分からなかった」
「……ふふ、えらいぞ、後輩」
先輩はぽんっと私の頭に手を置く。まるで、弟子の成長を喜ぶ師匠みたいに。
「このまま終わっていいのか、終わらせないと前に進めないのか。それをちゃんと自分で考えることが、大事なんだと思うよ。恋って」
「はい」
私は素直に頷いた。
その瞬間、頭のどこかに浮かぶのは――
あの図書館で笑ってくれた、あの子の顔。
私を真っ直ぐ見つめてくれた、あの優しい目。
……やっぱり、あたしは。
「さて、そろそろ別れ道か」
先輩が立ち止まり、私は小さく会釈をした。
「今日はありがとうございました、先輩」
「なーに、神木ちゃんの恋を応援するのも、先輩としての特権よ。……でも、もし次があったら、私のためにもイケメン紹介しなさいよ?」
「ふふ、善処します」
そうして、私たちはそれぞれの帰路へと歩き出した。
※
一方そのころ。
駅の近く、小さな交差点。コンビニの灯りがちらちらと瞬いている中、トモと柚は並んで歩いていた。
「今日は、色々とありがとうございました……!」
深く頭を下げる柚の声に、トモは慌てて手を振った。
「いやいや、そんな、僕が勝手にやっただけだから!」
ほんの数十分前、横断歩道で車にクラクションを鳴らされたとき。柚はイヤホンをしていて気づかず、飛び出しそうになったところを、咄嗟にトモが腕を引いて助けたのだった。
「あのとき、びっくりして……でも、景久くんが引っ張ってくれなかったら……って思うと、ちょっと、怖くて」
そう言って、柚はぎゅっと制服の袖を握った。
「……あの、すごく、かっこよかったです」
「えっ!? いや、そんなっ……ぜ、全然ですよ!? むしろ、僕の方が焦ってて、手、すごい震えてたし……!」
顔を真っ赤にして慌てふためく景久くん。
そんな彼を見て、柚は小さく微笑んだ。
「うん。……でも、それでも助けてくれたのが、嬉しかったです」
静かに、夜風が吹いた。
柚の髪がふわりと揺れる。
その横顔を見つめながら、景久くんの胸の奥がほんの少しだけ、くすぐったく熱くなった。
「……あの、景久くん。私、よかったら今度、またお話したいです」
「え……あ、うん! もちろん!」
「じゃあ、また明日……学校で」
「う、うんっ!」
柚は一礼して、小さなバッグを揺らしながら角を曲がっていった。
残されたトモは、何度も頷きながら呟く。
「……ヤバい……心臓がもたない……!」
でも、その顔は、どこか嬉しそうだった。
※
その夜、神木蘭は自室のベッドの上で、小さくつぶやいた。
「……恋って、難しいなぁ」
天井を見上げながら、ため息をつく。
だけど、ほんの少しだけ――明日が楽しみだと思えた。
この先の答えは、まだ分からない。
でも、自分の気持ちから逃げずに、向き合ってみよう。
そう思えるくらいには、今日という日は意味があったのかもしれない。
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