私の好きだった彼へ
私には――好きな人がいた。
誰よりも真っ直ぐで、どこか不器用で、優柔不断。でも、人を大切に想う気持ちだけは、誰にも負けない。
そんな人を、私は本気で好きになった。
教室の扉をくぐると、いつもと同じ朝の風景。だけど、彼の声が聞こえた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
「おはよう、神木さん」
その声、その空気感、そしてあの優しい目。
やっぱり――心が、ふっと浮き上がる。
声をかけてくれたのは、私が初めて“本気の恋”をした相手――裕貴真一郎。
「おはよう、神木ちゃん!」
続いて声をかけてくれたのは、中学からの親友――佐々木悠里。
……そう。
最近、その真一郎と悠里は付き合い始めた。そして、ついには北海道旅行にまで行っていたらしい。
二人がその旅行から帰ってきた日。私は気づいてしまった。
ああ、この二人……全部やることやってきた顔してる――と。
絶対ヤッてただろ!
そんな心のツッコミを抑えながら、私はいつも通りに微笑んで、言った。
「相変わらずラブラブだね、二人とも」
内心では、過去の記憶がにじむ。
本気で好きになった。
ズルしたいと思った日もあったし、実際ズルしそうになったこともある。
でも、彼はきちんと悩み、揺れながらも、自分の気持ちに真摯な答えを出した。
私は……振られた。
でもその時、ちゃんと決めたのだ。彼を諦めて、二人の恋を応援しようって。
その結果、私は――リア充という種族が少し、いや、かなり嫌いになった。
「おーい、お前ら席に着けー」
担任の沢田先生の声が教室に響き、私たちはぞろぞろと席へ戻る。
「とうとう2年生も後半戦突入だ。もうすぐ12月。そろそろ受験について本気で考える時期だぞー。来年の準備、しっかりしろよ!」
そんな先生の言葉を聞きながら、私は窓の外をぼんやりと見つめる。
(もう高校3年生か……)
「はぁ~、私にもあの二人みたいな青春、来ないかなぁ……」
ぽつりと漏れた本音が、冬の空に溶けていった。
※
「悠里! 一緒に帰ろ――あ」
放課後、声をかけようとした瞬間、悠里はすでに真一郎と手を繋いでいた。
「ごめんね、神木ちゃん。今日は真一郎と帰るの。また明日ね」
「神木さん、それじゃあまた!」
二人とも、眩しすぎる笑顔でそう言って去っていく。
……相変わらずの2人だな。
「そっか、分かった。また明日ね~」
私は手を振りながら、ぐいっと顔を引きつらせるように笑って、別の友達のもとへ向かう。
「おっ、珍しいじゃん、蘭がこっち来るなんて!」
笑いながらそう言ったのは、友人グループのひとり・歩美。
そのまま私たちは駅へ向かって歩き出した。話題は自然と、あのカップルの話に。
「ねぇ、聞いた? 蘭のクラスの裕貴ってやつと、あのマドンナ悠里が付き合ってるって!」
「聞いた聞いた! てか裕貴ってさ、私最初全然知らなかったんだけど、現れたら細マッチョのイケメンとかズルくない?」
「それなー! 悠里が惚れるのも納得だよね」
そんな彼女たちの会話に、私は思わず口を挟んでしまった。
「……違うよ。悠里はちゃんと裕貴のことを見てたし、裕貴もちゃんと悠里を見てた。……お互いに、真っ直ぐに」
一瞬、三人が私をぽかんと見つめた。
「……な、なによ、その顔」
「いや、神木ちゃんがここまで恋愛を語るのって、超レアすぎて」
「てか、蘭って好きな人とかいないの? 彼氏いたっけ?」
からかうような口調に、私は作り笑いで返す。
「好きな人、いたよ。けど……振られちゃってさ。馬鹿だよね~私」
冗談めかして言ったつもりだったけど、どこか声が震えた。
その瞬間、3人が真剣な顔になった。
「ねぇ、蘭。私たち友達なんだから、無理しなくていいよ? 何かあったら、いつでも言って」
「うんうん、私たち、神木の味方だからさ!」
「真由、歩美……長瀬も」
私の目ににじんだ涙が、夕陽の中できらめいた。
……ほんと、いい友達持ったな、私。
※
「それじゃあ、私ここで降りるから!」
電車の扉が開く寸前、私は友人たちに手を振って、軽くウィンクを残してホームへ飛び出す。
「さてと……帰るかぁ」
口元にわずかな笑みを浮かべながら、私は駅から続く商店街を歩いていく。
もうすぐ冬の気配が来るというのに、街の灯りはどこか温かく、クリスマス前のざわつきが少しだけ心を和ませてくれる。
その時だった。
「おい、持ってんだろ、金!」
道の端で、数人の不良が、ひとりの男子生徒を取り囲んでいた。
彼は制服姿のまま、怯えた目でバックをぎゅっと抱きしめている。
「も、持ってないです! 本当に!」
「ウソつくなよ、じゃあ、こうしてやる!」
拳が振り上げられる――
その瞬間、私は無意識に足を踏み出していた。
「ちょっとアンタら、そのへんでやめときな。彼、完全に嫌がってるでしょ?」
そう言って私は、男の拳をガシッと掴む。
「は? なんだよ、テメェ……女のくせに……どけッ!」
そう言って蹴りを繰り出す不良の足を、私は反射的に掴み、片足をすくい上げる。
「おっとと……ナメたら痛い目見るよ?」
重心を崩した不良が倒れると、残りの奴らは唖然とした顔で私を見つめた。
「……チッ、行くぞ!」
やがて男たちは吐き捨てるようにして、その場から逃げていった。
「バカ共が……」
私は肩の埃を払って、彼のもとに歩み寄る。
「大丈夫? 怪我は?」
「は、はい……! あ、ありがとうございますっ……す、すごくかっこよかったです……!」
彼はうっすら頬を赤らめながら、感激の眼差しでこちらを見つめてくる。
(ああ、まるでヒーローみたいな扱い……)
「……気をつけて帰んなよ。次からは人通りの多い道を通ること、分かった?」
そう言って、私は背を向けて歩き出す。だけどその時、背中越しに声が響いた。
「あのっ、名前……教えてください!」
立ち止まり、振り返って――にっこり笑って、ピースをひとつ。
「神木蘭。ただの、女子高生よ」
彼はその言葉に、目を輝かせて頷いた。
※
翌朝、駅のホーム。
「やばっ、ギリギリ! 間に合えっ!」
私は駆け込み乗車の勢いで、ギリギリ電車に飛び乗る。息を整えながら周囲を見渡した、その時――
「あっ」
「えっ」
目が合った。
……昨日、助けたあの男子。制服姿で、やっぱりどこかおどおどしていて――でも、私を見つけると少しだけ、嬉しそうに笑った。
「ど、どもー……昨日は本当にありがとうございました!」
彼は照れくさそうに頭を下げる。
私は、そんな彼を見て、思わず笑ってしまった。
「まさかまた会うなんてね。……運命かも?」
彼の顔が一瞬で真っ赤になるのを見て、私は悪戯っぽく笑う。
――これは、偶然から始まった、新たな出会い
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