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運命の在処  作者: 空月
3/3

恋人候補は『運命』を逃がさない



「ら、ライ……なんというか、近くない?」


 なんとなく、徐々に距離が縮まっているとは思っていた。思ってはいたけれど……。

 つまるところ、ライは『迷える星々の在処』ユーザーであったことを教えてくれたあの日を境に、急激に距離を近づけてきていた――心理的にも、物理的にも。

 私がいつも真ん前に陣取って仕事をしている端末の、真横。そこに椅子を持ってきて、にこにこと私の作業を見つめているライ。……すごく近い。物理的に。

 さすがにこれはスルーできないと、先ほどの言葉を発したんだけど……。


「彩加さんの、文字を入力している姿が好きなんだ。きっと『夜月』のときも、そんなふうにメッセージを打ってたんだろうなって思えるから」


 そんなふうに輝く笑顔で言われてしまうと、弱い。ライは「彩加さんの文章が好きだから、もっと読みたい」と、これまでの私が綴った様々な仕事の文章を片端から読んでいた。それが一段落したかと思ったら、これだ。わりと、けっこうな、羞恥プレイではないだろうか。


「彩加さんの邪魔になるなら、やめるよ?」

「……邪魔、にはなってない。……正直、やる気になる」

「ならよかった」


 ライはそう言うけれど、何もよくない。

 ライは私の夢の体現者だ。だから正直、見ているとやる気が湧いてくる。もっともっと、誰かの心を動かせる文章を書こうと思える。


 ――それだけじゃない、のが問題なわけで。


 夢見るように、恋うるように、焦がれるように、ライは私を見つめてくる。『運命』と呼んだ相手を、それだけの情熱で見つめてくる。

 『迷える星々の在処』の話をするまでのライは、上手に『運命』への気持ちを隠していた。それはたぶん、私を怖がらせないためだったのだろう。知らない人に好意を寄せられる恐怖を、ライは身を以て知っているだろうから。

 だけど私とライの心の距離が近づき、『迷える星々の在処』の話もして、ライはもう何も隠す気がない。ないので、そういう……好意がたっぷりまぶされた視線で見てくる。


 ……それが、不快じゃない――どころか、ちょっとドキドキしてしまうから問題なのだ。

 ライが好きなのは、究極的には『夜月』なのだと私は思っている。心に響く言葉をかけてくれた、その存在に焦がれているのだと。

 しかしその『夜月』の向こう側には、ライターである私がいた。でも、『夜月』と私はイコールではないのだ。

 あれは、ライに合わせてチューニングされたキャラクターだったわけだから、まるっと私と同じ価値観な訳ではない。私の中から紡がれた言葉ではあるけれど、何も知らない私とライが出逢って、ライから同じ質問をされたとして、同じ言葉を返せたとは思えない。


 ……そういうことをきちんと説明して、私はライのようなスーパーハイスペックな人間に好意を向けられたら安易にドキドキしてしまうような人間なんですよということも伝えなければいけないのだと、最近ずっと考えていたのだけど――。


「彩加さん、どうしたの? 眉間に皺が寄ってる」

「……ライは、私と『夜月』を同一視してるよね?」

「いきなりどうしたの?」

「ずっと言わなきゃと思ってたの。ライは『夜月』への好意を、そのままライターだった私にスライドさせてしまったかもしれないけど……私はもっと、凡庸な人間だから。きっとライの期待には応えられない」


 私の言葉に、ライは軽く眉根を寄せた。


「俺が、彩加さんに抱く好意が間違ってるって言いたいの?」

「ライの好意は、『迷える星々の在処』の中にしかいなかった『夜月』というキャラクターへのものだと思ってる。だから――」


 最後まで言い終わる前に、ぐい、と両肩を掴まれる。これまでにない、乱暴な所作だった。

 至近距離で見ることになったライは、ぞっとするほど美しい、皮肉げな笑みを浮かべていた。


「彩加さんは、俺の気持ちを信じてくれないんだ。俺が、『夜月』に救われたことだけで、彩加さんに好意を抱いたと勘違いしてるような馬鹿だと思ってるんだ」

「そんなこと――」


 言いかけた言葉は、突然唇に触れた感触に――息を奪うような口づけに、途切れさせられた。


「――っ、なに、するの……!」

「俺、『夜月』にはこんなことしたいと思わないよ。あの人は迷える星々を、俺たちを、見下ろしている月だから。見上げて想うことはあっても、感謝することはあっても、同じところに引きずり下ろしたいとは思わない」

「性的欲求を抑制する措置をうけてるとか言ってたのはどうしたの……!」

「気になるのそこなんだ。完全に抑制するものじゃないんだよ。だって、そうじゃないと、モニターに『恋人候補』が惚れられない――惚れたかわからないでしょ」


 恋愛感情と性的欲求って、基本的に切り離せないでしょ。

 言いながら、またライが私の唇を塞ぐ。

 今度はさっきよりももっと長く――もっと濃密な、口づけだった。

 体に力が入らなくなっても、ライが強く抱き寄せているから何も変わらない。私はただただ、ライが叩きつけてくる情欲に翻弄されるがままだった。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。ようやく唇を離したライは、いつものように無害そうににこりと笑った。


「……俺の気持ち、わかってもらえた?」

「……勘違いからの好意でも、性的欲求は抱くでしょう」

「彩加さんは頑固だなぁ。そういうところが好きだけど。――じゃあ言葉を尽くそうか」


 それは順序が逆なんじゃないかと思うようなことを言ったライは、力が入らなくてライに寄りかかった状態の私を、あやすように揺らし始めた。


「俺たち、『恋人候補』としてどれくらい過ごしたと思ってるの? その間に、『夜月』と違うところなんていっぱい見つけたよ。他のライターとしての仕事の中で、たくさんの彩加さんの言葉も見てみたし、案外彩加さんが俗物的なこともわかった。俺の顔、ふつうに好きでしょ。熱をこめて見つめられたら、ぐらっと来ちゃうくらいには」

「ぐらっとは来てない……」

「じゃあ、ドキドキしちゃうくらい。そんなの、すぐわかるよ。俺がどれだけ俺に対して好意を向けてくる人間を見てきたと思うの? ……でも、それが嫌じゃなかった。『夜月』と彩加さんは、思想が多少重なるとしても別人だってくらい、わかってるよ。わかった上で、俺は彩加さんをちゃんと好きになった。少なくとも、キスしたくなるくらいには」

「…………」

「彩加さん、『夜月』がどうとかを置いておいて、どう? 俺のこと、嫌い?」


 ……その聞き方はずるい。そんなの、答えは決まってる。


「嫌いなわけ、ない……」

「そうだよね。俺、好かれるように立ち回ったもん。だから、彩加さんに見せてる俺は、全部が全部、俺の素ってわけじゃない。そう言ったら、彩加さんは俺のこと、嫌いになる?」

「……ならない」


 人間が多面性であるのは当たり前のことだ。それだけで嫌いになんてなるはずない。


「それと一緒のことだよ。『夜月』と彩加さんのことも。『夜月』の言葉を生み出した彩加さんがきっかけだったけど、俺はちゃんと、彩加さん自身を見て、好きになった」


 ……そうなの、だろうか。

 いや、そうなのだろう。こんなに言葉を尽くしてくれているのに、まだ疑うのはただの意固地というものだ。


「彩加さんの気持ちが追いついてないのはわかってた。性急な真似をしてごめん……じゃ済まされないのもわかってる。……でも、気持ちを疑われたのは、やっぱりちょっと……傷ついた」


 体に回された腕が、ぎゅっと強く私を抱きしめる。

 ……きっと私は、ライのことを好きになる――なっているのだろう。恋や愛の意味で。

 突然のキスに嫌悪感を抱かなかった。それだけが理由じゃないけれど、さすがにうっすら自覚もする。

たとえば、感じる体温がただひたすら心地いいとか、そのまま身を委ねて眠ってしまいたくなるとか――そういうのだって、恋や愛の発露なのだろうから。


「疑って、ごめん」

「いいよ。彩加さんだから。彩加さんから向けられる感情なら、きっとそのうち、なんでも愛しくなる」


 それはなんだかちょっと重すぎる発言のような……と思いながら、私は心地いい体温と押し寄せる眠気に負けて意識を薄れさせてしまったので――。


「『迷える星々の在処』のライターを突き止めてから、ありとあらゆる媒体で彩加さんの痕跡を辿ってたって知ったら、さすがに引かれるかな……」


 そんなライの独白については、知ることはなかったのだった。




お読みいただきありがとうございました。

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