第3話 俺は桜井春に謝罪する
俺は桜井に謝りたかった。でも、どんな顔で言えばいいのか分からなかった。結局、思いついたのは――いきなり廊下に呼び出す という、最悪の方法だった。
それは、次の日の休み時間。
俺は隣の1年3組を覗いた。教室の真ん中では男子が話で盛り上がっているが、そこから外れた後ろの窓側を見ると女子二人が席に座ったまま話をしていた。楽しそうだった。友達なのかもしれない。その二人は桜井春と北野咲だった。
俺は教室の後ろから中に入って彼女たちの前に立った。桜井と北野は俺に気がつくと表情を曇らせた。
注目された。
同級生たちの視線が俺と桜井に集まったのだ。何か普段起きないような重大事件が起きたかのように感じ取られたのか、教室の空気が息苦しいほど重たくなった。
この気まずい雰囲気から避けるように俺と桜井は廊下に出た。教室の中から北野は厳しい目つきで俺を見ていた。
周りのことはどうでもいい。俺はそう思っていた。勇気を出して俺は桜井に謝った。「ごめんなさい」
これまでの行為で迷惑をかけたため、その一言に想いを込めた。
突然の出来事に桜井は戸惑うような声で言った。
「ここじゃなくて、別なところで話そう。すごく困るの」
そう言って、場所を移すことになった。
※※※
「ここなら、いいよ」
桜井と俺は校内にある中庭へ移動した。
中庭は校舎に囲まれていてテニスコート2面分くらいの広さはあった。中に入り、深い緑色のタイルの上を歩く。校舎に沿って低い木が植わっていて窓側には花壇があった。
桜井が先に歩いて中庭の中央に来た時、彼女は振り返った。
彼女は落ち着かない様子で俺の前に立っていた。彼女の様子に俺は話したいことが吹き飛んでしまった。次第に落ち着かなくなった。
黙ったままの俺。何も話そうとしない俺に桜井は不安な目を向けてきた。そして
「何も無いなら、帰るね」
苛立ちからなのか、そう言って立ち去ろうとした。その時、俺は彼女を引き留めるように言った。やっと口から言葉が出そうになった。
「ごめん、これまでのことで」
廊下で下げた時より深々と頭を下げた。
足下を見て桜井の靴先がこちらを向いているのが分かった。
彼女の声が震えていた
「ごめんで済むなら、警察なんていらないんだよ。」
その言い方に俺は言い返せなかった。
「……お願いだから、もう会わないで」
小さく、でもはっきりとそう言い切った彼女は、少しだけ唇を震わせているようだった。
タン、タン、タン、タン。そういった駆け出す音が聞こえた。桜井が校舎の中へと戻ったようだった。
俺はため息をついた。謝れたけど、ダメだった。
何をしたのかもはっきりしているのに、まだ罪の重さを自覚してなかったのだ。
俺は落ち込んだまま、校舎の中に戻った。
「見させてもらったわ」
振り返ると、北野咲が校舎の影から歩いてきた。真剣な目をして、俺の前に立つ。
何かが起きそうな予感がした。