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『脆い絆』  作者: 設楽理沙


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97 ◇会わずに帰る男

97 ◇会わずに帰る男




秀雄は入院先が分かるとすぐに病院へと向かった。

それは雅代が緊急搬送された日から3日目のことだった。



雅代が再検査(尿検査)のため1階のトイレから出てきた時のことだった。

少し離れた前方の受付に、秀雄の姿が見えた。



そのため、反射的に、雅代は検査用の小ぶりな容器(陶器)を内科の看護婦に渡すと

踵を返し、急いで自分の病室へと向かう。


そして、ベッドに入り気持ちを落ち着かせて、秀雄が病室に入って来るのを待った。


一方秀雄が受付で教えられた通り、病室の前までやって来た。

すると……看護婦2人が何やらぼそぼそと内緒話のように話をしているのが耳に入ってきた。


それで、聞くともなく―――

秀雄はゆっくりとした動作で戸に手を掛けつつ、彼女たちの話し声を拾おうと耳をダンボにした。


『残念なことに、昨日入院したこの部屋の患者さんもう長くないらしいのよ。

気の毒で私……どう接っすればいいのか』


『看護婦になったからには、こういうことはこの先もあるのよ。

辛いけど、私たちは患者さんに笑顔で接して不安にならないようサポート

してあげないとね』


『……』


話をしていた看護婦の1人が、秀雄の存在に気づいたようで―――

話を中断したかと思うと、もう一人の看護婦に声を掛けた。


『さっ、行きましょ』


             ** **


俺が病室になかなか入らないのを察知したのか、ふたりはその場から移動していった。


え~と、自分は随分と微妙な立ち位置にいることに気が付いた。


復縁を提案していなければ、今の話を聞いたとしてもこのまま何の憂いもなく

雅代を見舞うため、自分は病室に入って行けただろう。


まだ彼女からの返事はないのが今の状況で……。


不憫ではあるが先の長くない相手との間で結婚話はまずかろうと思い、秀雄は

病室に入らないことに決めた。


この時203号室には雅代の他にもう1人入院していたのだが、それを知らない秀雄は

先が長くないと言われていたのが雅代だと思い込んでしまい、そのまま雅代に会わ

ずに帰ってしまったのだった。





           


        ――――― シナリオ風 ―――――



〇雅代の入院先の病院/廊下


   木の床を歩く靴音。

   受付のざわめき。



   入院先が分かるとすぐに、秀雄は病院へ向かった。

   雅代が倒れてから3日目のことだった。



〇病院1階/洗面所


   洗面所の水音。



   ちょうど雅代は再検査のため、病室を出ていた。

   トイレから戻る途中、前方の受付に――秀雄の姿が見えた。


   雅代、目を見開く。


雅代(心の声)「……秀雄さん……!」


   咄嗟に看護婦へ検体容器を渡し、急いで踵を返す足音。



   反射的に病室へ戻り、布団に潜り込んで気持ちを落ち着ける雅代。

   ――すぐに、秀雄が戸口へとやって来た。




〇病室前の廊下


   看護婦たちのひそひそ話。


看護婦A

「……残念だけど、昨日入院したこの部屋の患者さん、もう長くないらしい 

 の」


看護婦B

「辛いけど……看護婦になったからには、こういうこともあるわ。

 笑顔で支えてあげなきゃ」


   沈黙。

   秀雄、足を止める。


(N)「秀雄の耳に、思いがけない言葉が飛び込んだ。

   戸に手を掛けかけた秀雄は――動けなくなる。



   看護婦たち、秀雄に気づいて声を潜め、去っていく。




〇病院/廊下




秀雄(心の声)

「……自分は、なんて立場なんだろう。

 もし復縁を申し入れていなければ、ただのお見舞いで済んだはずだ。

 でも……先が長くない相手に、復縁の話って……」


   沈黙。

   苦い表情。

   足音が遠ざかっていく。


(N)

「203号室には、雅代のほかにもう一人入院していた。

 だがそれを知らぬ秀雄は――“余命の短い患者”が雅代だと思い込む。

 そして、戸を開けぬまま……病室を去っていった」



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