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『脆い絆』  作者: 設楽理沙


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89 ◇無理でしょ

89 ◇無理でしょ


重労働で受ける肉体的苦痛と、将来を夢見た哲司との未来が、潰えてしまうという

精神的苦痛とのダブルパンチで雅代の苦しく辛い、暑い夏が始まった。


今の雅代にとっての唯一の救いは、しばらく哲司と顔を合わさずに済むということであった。


哲司からプロポーズ的な言葉を受けたあと、次の公休日が早く来ればいいのにと

願った。


今はどうだろう?

しばらく会わずに済むのは助かると思う一方で、早く何もかも哲司とのことを

清算して、すっきりしてしまいたいという想いもある。


哲司がしたことの非道さを考えるに、今後一切会わない話さないなどと、

全ての接触を断てるほど非道にはなれない自分もいる。


再会してからのふたりの日々を振り返ると、そこまで振り切れない自分がいる。


だけど、気軽に会って楽しく会話できるのか?  否。

手紙のやり取りができるのか? 否。


振り切るだの、振り切れないだのと考えたところで詮無いことなのだ。


話も手紙もできないというのなら、結局は幼馴染という関係があったとしても……

だがだからといって会うこともない、ただの幼馴染という音信不通のふたりに戻る

だけなのだ。(しかないのではないか)


実際、互いに結婚して以来、再会するまではそういう関係だったのだから……

再会する前のふたりに戻っていくだけなのだ。


そう、再会する前に戻るだけ。

深く考えるのは止めた方がいい、そう雅代は

|自分に言い聞かせるのだった。《自分を納得させるのだった。》













         ――――― シナリオ風 ―――――


〇翌日製糸工場の通路(昼休み)



  

   機械の低いうなり。

   雅代は糊の香りと汗の匂いに包まれながら、悲しみと疲労の混ざった

   表情で動く。


   雅代の苦しく辛い、暑い夏が始まる。



雅代(心の声)

「仕事は厳しい。体はもう限界に近い。

 でも、精神の痛みはそれ以上だ。

 喜びが一瞬で消え去った今、どうすればいいの?」


   彼女の手はぎこちなく糸を扱う。

   節子が明るく話しかけるが、雅代はうわのそらで頷くだけ。


(N)「雅代にとっての唯一の救いは、しばらく哲司と顔を合わさずに済むと

   いうこと。

   哲司からプロポーズ的な言葉を受けたあとは、次の公休日が早く来れば  

   いいのにと願ってさえいたのに。


   早く何もかも哲司とのことを清算して、すっきりしてしまいたいという

   想いもある一方で、全ての接触を断てるほど非道にはなれない」






〇製糸工場/寮の縁側・夕刻


   夕陽が低く差し込む。

   雅代、縁側に座って風に当たりながら胸の内で言葉を絞り出す。


雅代(心の声:自分に言い聞かせる)

「会って、問い詰める勇気もない。手紙で答えをもらう勇気もない。

 幼馴染としての距離に戻ること――それが最も現実的かもしれない。

 再会する前の、音信の途絶えた関係に戻るだけ。

 ──それでいいのよ」


   風が髪を揺らす。

   雅代、遠くを見つめ、ゆっくりと目を閉じる。






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