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第5話 1周まわって冷静です その1

 僕は基本、ふざけたクズ人間だと自認しているが、割と容姿には自信がある方だ。声変わりしてもなお少し高めの声、自分でも時々女顔と揶揄される顔立ちに、ほんの少しのくせっ毛。身体は細身で、無駄な筋肉もそうついていない。全部、親譲りの遺伝というやつだろうけど。この容姿のせいで、面倒事に巻き込まれることもあれば、逆に得をすることもあった。そして今回、新たに始まるラスラトファミリーでの「お仕事」で顔合わせとなった女性幹部にとっては、どうやら後者――それも、かなり強烈な意味で――だったらしい。


 彼女の名はヴェーラ。ラスラトファミリーの幹部の一人で、いろいろと大きい金髪ショートの女性だ。最近ラスラトの傘下に入ったいくつかの娼館で働く女性たちのための『健康診断』を、僕が提案し、彼女と協力して行うことになったのだ。彼女も元神官であり治癒魔術の心得はあると聞いている。なんでも誰も元神官ということ以外知らないんだとか。なんでも神官は才能の世界で余程のことがない限り追放なんて有り得ないらしい。


 ミステリアスなお姉さん、かっこいいよね。言葉を交わす前はそう思ってたんだ。


 さて、その顔合わせの時の、彼女の最初の一言がなんだったと思う?


「うわー、どタイプだわー」


 だよ? 開口一番、品定めするような粘っこい視線と共にそう言い放たれたのだ。同年代の女の子に言われるなら、まあ、悪い気はしないかもしれない。でも、一回りも年上の、しかもいかにも「裏」の仕事に慣れていそうな迫力のある女性にそんなことを言われると、正直、背筋がぞっとするほど怖いということを僕は初めて知った。


 それだけじゃない。彼女は挨拶もそこそこに、僕が着ていた服の襟元から無断で手を滑り込ませて上半身をまさぐり回し、顔や首筋を執拗にぺたぺたと触り続けてくる始末。彼女の手はより直接的に僕の肌の感触を確かめているようだった。本当に、心底から怖かったんだから。

 ほら、今この瞬間だって――。


「ねぇシオくん? お尻、触ってもいいかな。大丈夫、服の上からだし、変なことはしないからさ?」


 にこやかな笑顔で、しかし目は笑っていないヴェーラさんが、僕の背後に回り込みながらそんなことを宣う。


「嫌ですよ、すでに変なことしてるじゃないですか。別に人の性癖のこととやかく言いたくないですけど、絶対治した方がいいですよ、それ」


 できるだけ平静を装って、しかし明確な拒絶の意思を込めて僕は答える。この人の距離感は明らかにおかしい。


「うわー、シオくんもそんなこと言うんだー。違いますー、タイプが小さい頃から変わってないだけですぅーブーブー」


 ヴェーラさんは唇を尖らせて子供っぽい不満を漏らす。二十八歳の大人がそんなことをやっても可愛くない…と喉元まで出かかった言葉を、僕は寸前で飲み込んだ。彼女の纏う空気が、一瞬にして剣呑なものに変わったからだ。


「あ”あ? テメエ今なんつった?」


 地を這うような低い声。笑顔は消え、目が据わっている。これがスラムの幹部の素顔か。


「……ごめんなさい」


 反射的に謝罪の言葉が口をついて出た。生き延びるための、染みついた習性だ。


 僕の謝罪を聞くと、ヴェーラさんはケロリとしたもので、またいつもの気味が悪い笑みを浮かべた。


「うんうん、素直な子はワタシとっても好きだよ! じゃあお尻、触るね」


「それは嫌です」


 今度はきっぱりと拒絶する。これ以上譲歩するわけにはいかない。


「あ、そう……。じゃあゴミを見るような目で罵ってくれない?」


「……もっと嫌です」


 この人は一体何を言っているんだ。常識というものが、この人の中には存在しないのだろうか。そんな僕の困惑をよそに、ヴェーラさんは満足げに一つ頷くと、こう言った。


「ありがとう! ご馳走!」


 何が「ご馳走」なんだ。意味が分からない。


(サルサ、シャノ、助けて。僕この人、かなり苦手かもしれない……)


 内心でそう悲鳴を上げながらも、僕は表面上、どうにか冷静さを取り繕うしかなかった。これから始まる新しい仕事は、どうやら一筋縄ではいかなそうだ。

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