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第4話 それでも僕はお医者さん

 いい人ってのは損をする。全くこの世界も世知辛いよな。僕もこっちに来てからというもの、それを痛感する日々だ。親切は身を滅ぼす、なんて言葉が妙に身に染みる。


 ま、そんなことはさておき。


 このスラムに流れ着く人間は、大体三種類に分けられる。

 一つ目は、サルサのような孤児。身寄りもなく、ただ生きるために必死な連中だ。

 そして二つ目は、シャノのようなマフィアや裏稼業の者。法や常識なんてもんは、彼らにとっちゃ腹の足しにもならない。

 三つ目は、教会に救いを求める者たち。だが、結局は無賃で重労働させられるのがオチだから、よほど後がない奴しか寄り付かないみたいだけど。

 ちなみに僕は、サルサと口裏を合わせて一つ目の「孤児」って設定で通している。その方が何かと都合がいい。その外にもスラムには多種多様な人間や亜人が存在するが基本はこの三種類。


 そんな僕の診療所、と言っても、酒場『アセスタ』の奥の部屋を間借りしているだけだが。そこに今日は一人の客が訪れた。いや、客と呼ぶにはあまりにも切羽詰まった様子だったが。


 名前はエマ。冒険者をしているそうだ。最近、僕の噂がスラムの女たちの間で広まっているらしい。


『最近ラスラトの方に診療所が出来たらしいわよ』


『なんでも高級娼婦のスレッタの有名な頬の傷が無くなったとか』


『教会のクソ神官様に身体触られるのそろそろ我慢ならなかったのよね。私も次からそちらにしようかしら』


『娼館がいくつかラスラトの傘下に入ったらしいわよ』


 口コミ様々だね。おかげで僕の仕事が増えるのはいいけれど、あまり目立ちすぎるのも考えものだ。


 それはそうと今日のお客様、エマという女性冒険者。彼女のような身なりのいい人間が、こんなスラムの奥まで足を運ぶのは珍しい。最近思うけど、こっちの人って、なんていうか、妙に綺麗な人が多くて変な気分だ。僕もまだまだこの世界の空気に染まりきれてないのかな。


 彼女は、息も絶え絶えといった様子の小さな女の子を抱きかかえて、僕の前に崩れ落ちるように膝をついた。


「頼む、お前は腕が立つと聞いた。ブルースパイダーに噛まれて左腕が千切れたんだ。今手持ちはこれしかないが、もし足りないと言うならいずれ必ず払う。どうか頼む、この子を治してくれ」


 差し出されたのは、ずしりと重い革袋。中には大金貨が二枚。この辺りの呼び方で言えば二十万サンク。物価を考えれば、庶民が一生かかっても手にできないような大金だ。


 目の前の女の子は、エマの腕の中でぐったりとしている。千切れたという左腕の付け根は、どす黒く変色し、痛々しいガーゼで応急処置がされているだけだった。顔は真っ白で、呼吸も浅い。


 ふむ、どうやらそういうことらしい。今日は朝からシャノと博打に勝ったため気分がいい。いわゆるルンルン状態ってやつだ。よし、いっちょやってやろうか。


「いいよ、治してあげる。その金貨で十分だ」


 僕の言葉に、エマは顔を上げた。その目には驚きと、そしてほんの少しの疑念が浮かんでいる。


「教会なら、腕の再生だけで金貨五枚は取られただろうね。おまけに聖水だのなんだの、色々買わされて、結局いくらになることやら」


「……本当か?本当に、治せるのか……?」


「ああ、僕、お医者さんだからね。もどきだけど」


酒を患部にかけた瞬間患者の女の子はめちゃくちゃに叫んだが勘弁してくれ。ここは闇医者なんでぃ。


「シャノ、口に何か噛ませてあげて」


「うぃ」


 僕はいつものように、自らの指先を小さく傷つけ、滲んだ血を媒介にして少女の患部へと魔力を流し込んでいく。失われた腕が、まるで粘土細工のように肉を盛り上げ、形作られていく。皮膚が再生し、血管が繋がり、やがて元の小さな腕がそこに出現した。


「す、ごい……」


 エマが息を呑むのが分かった。


「ただ今日の僕はルンルン状態だ。毒も治してあげようじゃないの」


「エマさん、ブルースパイダーの毒についてはご存知?」


 腕の再生が終わったところで、僕はエマに問いかける。


「あぁ、勿論だ。だがこの子は噛まれた部位ごと持っていかれたから毒については大丈夫だと思っているが……まさかなのか?」


 エマの顔が不安に曇る。


「毒ってのは僕たち人間が自分で全身に回しちゃうものなの。噛まれた部位が切り離されたからって安心しちゃダメだよ」


 ブルースパイダーの毒は遅効性の非常に強力な腐食毒だ。なんでもこの蜘蛛腐ったものしか食べないらしい。しかも獲物をわざわざ逃がし獲物が仲間の元に帰還したあたりで腐食毒が発動する。その後を追って仲間共々パクリ。なんともまぁ狡猾で残忍な魔物だ。魔物ってそういうもんらしいけど。


「あれだね、君みたいなのが教会にぼったくられるんだ。まぁいいよ、今回は毒も一緒に治してあげる。教会なら大金貨八枚は飛んでたよ」


「すまない…………」


 エマはついに堪えきれず、嗚咽を漏らし始めた。


 毒の解毒は、実は部位再生よりは楽だ。なんせ言うなれば、再生はゼロからの「組み立て」なのに対し、解毒は体内の異物を除去する「掃除」と言っていい。いつものように指先から彼女の中に僕の血を媒介にして魔力を通し、彼女の中を探る。既に汚染された血が心臓に達して全身に回っている。そういう時はもう毒を取り除くよりも、毒そのものを殺した方が早い。治癒魔法そのものを彼女の心臓に直接作用させるイメージだ。後は彼女自身の血が巡る度に、毒は解毒されていくはずだ。


「はい、終わったよ。お疲れ様。右腕は暫くは違和感あると思うけどただの筋力の低下だから安心して沢山動かしてね」

 少女の顔に赤みが戻り、穏やかな寝息を立て始めたのを確認して、僕はエマに告げる。

 そうして彼女たちは、何度も感謝の言葉を繰り返しながら帰っていった。

「あ、片方の女の子の名前聞くの忘れた……」

 まあ、いいか。


「なぁシオ」

 後片付けをしていると、いつの間にか背後に立っていたシャノが声をかけてきた。

「なにシャノ?」

「今更だけど大丈夫か? 俺は馬鹿だから分かんねぇけど、絶対今日の客、二十万サンクじゃ足りねぇだろ。噂になるぜ?」

「あ……………………………………」

 シャノの言葉に、僕は自分の迂闊さを呪った。確かに、腕の完全再生と強力な毒の解毒。教会なら、それこそ身代金レベルの金額を請求されてもおかしくない。それをたった二十万サンクで、しかもおまけ付きでやってしまったのだ。

 この噂が広がり、しばらく僕は低賃金での労働を強いられ、親分ラスラトへの上納金に苦しむことになるのを、この時の僕はまだ知らない。いや、薄々気づいてはいたけれど、今日のルンルン気分がそんな現実的な思考をどこかへ追いやってしまっていたのだ。

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