第3話 もどきでもいいじゃない
ラスラトの巨漢に首根っこを掴まれ、まるで荷物のように引きずられていく道すがら、あるいはどこかの薄暗いアジトの一室に押し込められた後のことだったか。喧騒と暴力の匂いが染みついたスラムの空気の中で、僕はぼんやりと自分のこと、そしてこの異世界での立ち位置について考えていた。
僕の名はシオ。
まず僕の能力からだ。僕が扱うのは魔法、主に治癒魔法をよく使う。魔術とか神官とか治癒魔術とか神聖魔法とか、この世界には様々な単語が存在するが僕はもう理解を諦めた。1つ分かっているのは僕の人を治す力が凄いということ。これだけだ。サルサ曰く異常とも言えるらしい、やったね。
あと神官や神官騎士とは絶対に関わるなって、これはラスラトにも言われた。僕の治癒魔法は僕の血を媒介して人に作用する。最近なんかの本で血は魂の通貨という記載があった気がする。多分そこら辺が関係してるのだろう知らんけど。
とどのつまり僕は意外といいものを授かったのかもしれない。あぁ神様、前世で不幸だった僕にお慈悲をくれたのですねぇーなんて上手い話だったら良かったのに。アーメンハレルヤピーナッツバターだよクソ野郎。うそうそ、ありがとね神様。いるのか知らんけど。
この三ヶ月、自分なりにその力を使って結構頑張ってみたつもりだった。そして改めて気付かされたことがある。僕の作り出す魔力は、どうしようもなく劣化が早い。とにかく外気に触れるとすぐに霧散してしまい、まるで使い物にならないのだ。
魔法で水を作り出そうとイメージしても、手のひらに集まるのは頼りない湯気だけ。火を熾そうと念じても、一瞬小さな火花が散るだけで、すぐに消え入ってしまう。これでは、戦闘はおろか、日常生活の足しにすらならない。
ただ、治癒魔法のように人の身体に直接入り込めば、なぜかきちんと機能はするのだが。この偏った能力が、今の僕の全てだった。
そして今更ながら、僕はあのラスラトという男に庇護を求めてしまった。
あの時、サルサを治した直後、この世界でどう生き延びるか皆目見当もつかなかった僕にとって、彼の暴力的な支配は、皮肉にも一種の安全を提供してくれた。正直、それしか生きる手段が見いだせなかったのだから、後悔はしていない。この暴力が全ての男ラスラトが、僕のような「金の成る木」――彼にとって僕はそう見えるらしい――を手放すだろうか。いや、決してそのようなことは有り得ないだろう。彼の抜け目のなさと強欲さを思えば、僕が自ら彼の元を去るか、あるいは彼以上の力を持つ何者かが現れない限り、この関係は続くに違いない。
僕はいずれ、このスラムを出るつもりでいる。
他のマフィアに庇護を求めるか、それとも、あの胡散臭いながらも一定の力を持つ教会か。はたまた、全く別の選択肢がこの世界のどこかにあるのだろうか……。
とはいえ、そこまで深刻に考えていないのもまた事実である。先のことを考えたところで、この世界では何が起こるか分からない。今日を生き延びることで精一杯なのだから。
明日をも知れぬ闇医者さ。
それが今の僕の、偽らざる肩書きだ。「もどき」だろうが何だろうが、それで生きていられるのなら、今はそれでいいじゃないか。
そんなことを考えていると、不意にラスラトの部下らしき男の怒声が飛んってきた。
「おい、シオ! いつまで油を売ってやがる! 親分がお呼びだ、さっさと来い!」
思考は中断された。どうやら、また僕のお仕事の時間のようだ。重い腰を上げ、声のする方へ向かう。この使い走りのような日々がいつまで続くのか、それは僕にも分からない。ただ、今は従うしかない。この「もどき」の力でも、誰かの役には立っているらしいのだから。