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第13話 最近は毎日が充実しています

 今日、僕はヴェーラさんの診療所にお邪魔している。目的は、彼女から治癒魔術の手解きを受けるためだ。僕が元々持っている力は、どうやらこの世界では魔法という、もっと大元の、そして希少なものらしい。ヴェーラさん曰く、魔術はそれよりもっと体系化されていて、多くの者が努力で習得できる技術なのだとか。


 そして今、僕は必死に一匹の大きなネズミ、ヴェーラさんお気に入りの競走鼠らしい。それに対して治癒魔術の練習をしている最中だ。チンチラほどの大きさで、つぶらな瞳はじっと僕を見つめてくるが、正直、こうして間近で見るとかなりキモイ。


「はぁー、私それできるのに二年かかったのよ? ホント才能って恐ろしいわねぇー嫌になっちゃう」

 と、今日は僕を自分の膝の上に乗せ、背後から僕のお腹をさすりながらヴェーラさんがため息混じりに呟いた。行儀が悪いのは承知だが、彼女がこうすると言い出したらテコでも動かないので、僕はもう諦めてネズミの治療に集中している。もう少し上、胸のあたりを触ってきたら、この肘でみぞおちを強打してやろうかと密かに決意しつつ。


 彼女の言う通り、体内魔力を使う僕の魔法とは違い、外の魔力を取り込んで術として構築する魔術は、最初は勝手が違って多少苦労はしたが、一度コツを掴んでしまえば習得は早かった。やっていること自体は、普段僕がやっている治療とあまり変わらない。患部に綺麗な魔力を集め、それを浸透させて傷を修復する。ただ、僕が普段使っている魔法よりも効率は段違いに良いが、その分、治りの速度は遅い。


 そもそも魔術と魔法は似ているようで別物らしい。魔法は魔術よりもずっと次元が上のことをしている、というのがヴェーラさんの説明だった。そのため、魔法を一度でも使ったことがある者は、感覚的に魔術の理屈も理解しやすく、習得も早いのだとか。ただ如何せん、魔法を使える者はごく少数で、こうして魔術が口伝や書物である程度習得できるのとは反対に、魔法はその使い手たちが技術を秘匿し続けているため、その全容は謎に包まれているそうだ。


 そして、生活魔術。主に水を出したり火を出したり、あるいは清潔(クリーン)の術など、この世界の文明を支えている基本的な技術の一つだ。僕は以前、サルサが使っているのを見てずっと真似をしようとしていたが、外に出すとすぐに霧散してしまうという僕の魔力の性質のせいで、一生できないものだと諦めていた。が、どうやらそれ以前の問題だったらしく、これもヴェーラさんに教わったら一日でなんなくクリアできてしまった。ちょっと拍子抜けだ。


「お腹うっすいわねえ~、ちゃんと食べてる? それに同居人の冒険者大丈夫なの? サルサって果断のサルサでしょ?」


 僕のお腹を撫で回しながら、ヴェーラさんが猫なで声で尋ねてくる。


(何その二つ名。かっこよ)


 内心でそう思ったが、口には出さない。噂によると、とにかく決断が早くて冷酷無比。何かあったら躊躇なくパーティーを抜けるし、ダンジョン内で重傷者が出ても平気で切り捨てる、煙たがられるほどの実力者……らしい。


「アタシの知ってるパーティーじゃ、二ヶ月くらい前に臨時で組んだ深層ダイブの際、サルサちゃん以外全員死んでるって話よ? それで彼女、無傷で帰ってきたって言うじゃない。ホント、どんな神経してるのかしらねぇ」


 ヴェーラさんの言葉には棘がある。僕とサルサの仲を面白がっているのか、それとも本気で心配しているのか。


「でも、シオくんはサルサちゃんと一緒に住んでるんでしょ? ……シオくんが甲斐甲斐しくお世話してるって噂じゃないの、可愛いわねぇ」


 実際、最近は毎日が充実している。

 朝は僕が先に起き、サルサを起こすことから始まる。料理は元々それなりに得意だったけれど、異世界に来てからは食材も調理法も分からず途方に暮れていた。それを見かねたのか、アセスタのシュテンの旦那が、食料の調達方法からこの世界の一般的な家庭料理の作り方まで、色々と教えてくれたのだ。今では、サルサの好物もいくつか作れるようになった。


 彼女が依頼に出かけるのを見送った後は、家の掃除と、最近ラスラトの親分から新たに任された診療所での仕事。アセスタの間借りではなく、古いがちゃんとした場所を与えられたのは大きな進歩だ。まあ、その分、ファミリーの連中からのお願いも増えた気がするが。


 そして夕方、サルサが帰ってくると、また一緒に僕が作った夕食を囲む。夜には、彼女が愛用している無数のナイフの手入れを手伝ったり、逆に僕がサルサに戦闘訓練をつけてもらったり。

 そして眠る時は、いつも彼女の腕の中だ。僕が枕代わりにされているのか、彼女が僕を抱き枕にしているのかは判然としないが、あの温もりと安心感は、僕にとって何物にも代えがたい。こんな生活がいつまで続くかは分からないけれど、今は、この充実感を噛み締めていたい。


 まあ、あれだ。僕の新しい診療所が今日みたいにお休みの日に、もし急患が訪ねてきたとしても、それはもう運がなかったと思ってくれ、としか言いようがない。

 ここは闇医者、そういうこともあるもんだ。

 僕の名はシオ。

 明日をも知れぬ闇医者さ。

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