第12話 明日をも知れぬ探索者、ちなみにこの後は肉の予定
シャノに諭され、そしてサルサに「戦えるようになりたい」と告げたあの日から数日。僕のその唐突な願いを、サルサは驚きながらも力強く受け止めてくれた。
「それなら、まずは冒険者として登録だな!」
と、彼女はまるで自分のことのように張り切って、僕を冒険者ギルドへと連れ出した。
正直、あまり気乗りはしなかった。ギルドカードはダンジョン内での居場所がバレるという話も聞くし、何より冒険者という響きが、今の僕には少しばかり眩しすぎる。それでも、サルサのあの期待に満ちた顔を思い出せば、ここで尻込みするわけにもいかない。それに、この世界に来て初めて手にする身分証明書というものには、ほんの少しだけ、子供っぽい興奮も覚えていた。ダンジョンという世界への興味も、否定はできない。男の子だから仕方がないね。
辿り着いた冒険者ギルドは、スラムの喧騒とは打って変わって、活気と、どこか油断ならない雰囲気に満ちていた。屈強な戦士たちが大声を上げ、魔術師らしきローブの人物が依頼書を吟味している。そんな中を、サルサは慣れた様子で受付カウンターへと進んでいく。
「サルサさん、こんにちは! ……そちらの子は?」
受付の女性は、快活な笑顔でサルサに挨拶したが、僕に気づくと途端に訝しげな表情を浮かべた。まあ、そうだろう。今まで男っ気の一つもなかった獣人が、ひょろっとした人間の少年を連れてきたのだから。
「拾った」
サルサのあまりにもストレートな返答に、僕は頭を抱えたくなった。
「ええっと、サルサの同居人のシオと言います。いやあの拾ったっていうのは当たらずも遠からずというかなんというか……まぁいいです。拾われたということで……」
僕のしどろもどろな自己紹介に、エリサさんは少し困ったような、それでいて面白そうな笑みを浮かべる。
「はぁ、分かりました。本日はそちらの……シオさんの登録でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
差し出された羊皮紙に、僕は震える手で「シオ・コーリ」と自分の名前を記入する。ランクは当然Fから。カードが発行され、それを受け取った瞬間、ゾワゾワとした奇妙な感覚が身体の芯から広がった。まるで、今まで眠っていた何かが、カードを通じて呼び覚まされたような、そんな感覚だった。
登録が終わり、サルサが他の冒険者と立ち話をしている間、先ほどの受付嬢がそっと僕に声をかけてきた。
「……あの、シオさん。差し出がましいことかもしれませんが、サルサさんとの生活、本当に大丈夫ですか? 何か弱みを握られたり……」
その真剣な眼差しに、僕は少し面食らった。どうやら僕とサルサの関係は、傍から見るとかなりいびつに映るらしい。
「大丈夫ですよ。むしろ僕が彼女の家に住まわせてもらってるんですし。そもそも屋根あるだけで十分ですし。普通にご飯食べて掃除して、屋根の下で寝られて。僕は恵まれてますね」
僕の言葉に、彼女はまだ少し心配そうな顔をしていたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「そうですか……でももし何かあったらお姉さんに相談してくださいね? 私はエリサ。私たち冒険者ギルドはいつでもあなたがたを歓迎します。是非とも良い一日を!」
「ありがとうございました。サルサ! 終わったよ!」
声をかけると、サルサは近くのテーブルで飲んでいた赤い液体を一気に飲み干し、猫のようにしなやかな動きでこっちに来てくれた。最近思ったけど、この人、ちょいちょい過保護だよね。僕が一人でギルドに来るのを心配して、結局ついてきてくれた結果がこれだ。
「サルサはこの後依頼受けるの?」
「いや? 今日飲んじゃったから帰る。シオは? 時間あるなら何か食ってこうぜ?」
「僕この後ヴェーラさんのとこ行かなきゃいけないんだ」
その言葉を口にした途端、サルサの機嫌が急降下したのが分かった。
「ええ? またあの女のとこ? アタシあいつ嫌い! いっつもシオに匂いベタベタくっつけてくる」
ンなマーキングじゃないんだから。サルサはヴェーラさんのことになると、いつも露骨に不機嫌になる。仕事なんだから勘弁してくれい。
「そんなかかんないから、終わったら夜ご飯行こ?」
「しょーがねーなあ。いいぜ」
どうにか機嫌を直してくれたらしい。
「んじゃまた後でねー」
そんな他愛もない会話をしながら僕たちは二手に別れた。
ギルドカードを握りしめる。これで僕も、ほんの少しだけこの世界の一員になれたのだろうか。
身分証を得た闇医者。結局のところ、今の僕はそれ以上でもそれ以下でもない。それでも、何かが変わるかもしれないという、小さな予感を胸に、僕はヴェーラさんの診療所へと足を向けた。ちなみにこの後は、サルサと一緒に肉を食べる予定だ。それだけを楽しみに、今は頑張ろう。