第11話 決意の萌芽
プロメオンから帰る道すがら、シャノに投げかけられた言葉が、シオの胸の奥に重くのしかかっていた。
「お前は何も悪くねえ」
「耐えるのが楽だなんて言うな」
「もっと怒っていいんだ」
その一つ一つが、今まで彼が自分を守るために無意識に築き上げてきた壁を、容赦なく揺さぶる。
サルサの家に戻ってからも、シオはどこか上の空だった。理由もなく部屋の隅で膝を抱えてうずくまっている。いつもの、どこか飄々とした楽観的な態度は影を潜め、まるで迷子になった子供のような、心細げな雰囲気が漂っていた。
「……シオ?」
夕食の席についても、ほとんど料理に手を付けず、ただ一点を見つめているシオの様子に、サルサはさすがに気づいた。彼女は箸を置き、心配そうに彼の顔を覗き込む。
「どうしたんだ? 今日何かあったのか?」
その声には、いつもの快活さの奥に、シオを案じる優しい響きがあった。
サルサの問いかけに、シオはビクリと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。その黒い瞳は不安げに揺れており、何かを言い出せずにためらっているのが見て取れた。プロメオンでの娼婦からの罵倒、シャノとの会話、そして今、サルサの心配そうな顔。全てが彼の内で渦を巻き、言葉にならない感情となって押し寄せてくる。
「……僕は……」
ようやく絞り出した声は、ひどくか細かった。
「僕は……やっぱり、ダメなのかな……。シャノにも言われたんだ……僕の生き方は、間違ってるって……。でも……どうすればいいのか、僕には……分からないんだ……」
具体的な出来事を語ることはできなかった。あの言葉を、サルサの前で繰り返す勇気はなかった。ただ、自分自身に対する深い無力感と、どうしようもない混乱だけが、途切れ途切れの言葉となって溢れ出る。
サルサは、黙ってシオの言葉を聞いていた。彼女は、シオが何か大きなものに打ちのめされていること、そしてそれが彼の心の深い部分に関わることだということを感じ取っていた。彼女は、無理に聞き出そうとはしなかった。ただ、そっと手を伸ばし、テーブルの上で固く握りしめられていたシオの手に、自分の手を重ねた。
「……シオ」
温かく、少しだけざらついたサルサの手の感触が、シオに伝わる。
「シオは、ダメなんかじゃねぇよ。絶対にな。……それに、何が間違ってて、何が正しいかなんて、誰にも決められねえ。アタシにだって分かんねぇよ」
サルサは、力強く、しかし優しく言った。
「でもな、もしシオが……今の自分が嫌で、何かを変えたいって思うなら……アタシは、いつでもシオの味方だ。お前がどうしたいか、ちゃんと言ってくれ。アタシにできることなら、何だってする」
その言葉には、揺るぎない信頼と、シオを丸ごと受け止めるような深い愛情が込められていた。シオは、重ねられたサルサの手の温かさに、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩むのを感じた。