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第6話 1周回って冷静です その2

 あれよあれよと、例の女性幹部ヴェーラさんと共に、ラスラトファミリー傘下の娼館『プロメオン』のオーナーと挨拶を交わしてから、早速健康診断が始まった。僕とヴェーラさん、それぞれ専門分野が異なるため、娼婦の皆さんには二人の診察を受けてもらう手筈だ。それにしても、だ。あれだけ僕個人に対しては距離感のおかしかったヴェーラさんが、オーナーや他の従業員の前では、まるで別人のように理知的で有能な幹部然としているのには驚かされる。これが大人の余裕ってやつなのかなあ。


「ほら、シオ君挨拶」


 ヴェーラさんに促され、僕は居住まいを正す。目の前には、これから診察する二十一人の女性たちが集まっていた。


「初めまして私の名はヴェーラ、こっちはシオ。まずは私たちの提案を受けて頂き感謝する。オーナーから聞かされているだろうけど改めて私たち二人で君たちを診る。既にオーナーから金は頂いている。何があってもこれ以上私たちは金を取ることは無いから安心して欲しい。お互いいい関係を築いていこう」


 ヴェーラさんの淀みない口上に、女性たちから安堵の息が漏れるのが分かった。


「え、あっ、初めまして。シオといいます。数ヶ月前からラスラトの下で小さいながらも診療所をやっています。僕の専門は主に再生や解毒ですが全力を尽くしますので、よろしくお願いします」


 我ながら、なんとも頼りない挨拶だ。だが、ヴェーラさんがすかさず補足してくれた。


「身体のことは些細なことでも相談して欲しい。こんななりだがこの子は男の子。もし相談しにくいのなら私に」


 その言葉に、女性たちの間に微かな笑いが広がる。全部で二十一人か。骨が折れそうだが、やるしかない。


「ジェーンよ、よろしく」


 最初に名乗り出たのは、快活そうな笑顔が印象的な女性だった。


「シオです、よろしくお願いします」


 いやあ、こんなにも綺麗なお姉さんたちに囲まれると、もっと緊張すると思っていたけど、なんだか一周回ってすごく冷静だ。なんでだろ。まあいいや、頑張って早く終わらせよう。幸い、僕の診療はこの身一つで完結する。


「手、失礼しますね」


 ジェーンさんの差し出した手を取り、僕はゆっくりと、しかし確実に魔力を流し込んでいく。その魔力は彼女の内臓、血管、筋肉など、全身をくまなく駆け巡り、弱った箇所や異常を探し当てる。これが僕の基本的な診察方法だ。


「ねぇみんな凄い、なんかあれ。なんて言うんだろ。凄い身体がポカポカでゾクゾクする」


 とジェーンという女性は、時折後ろの仲間たちを振り返りながら朗らかに喋る。結構集中してるから静かにして欲しいんだけど、とは言えない。


 隣ではヴェーラさんが、僕の様子を興味深そうに観察している。


「うわぁ、シオくん噂には聞いてたけどホントに魔法じゃん。これまた稀有な。にしてもあれは……ああごめんねアリサ、始めるわね」


 彼女も彼女で、別の女性の問診を始めたようだ。


 さて、ジェーンさん。肝臓と喉に多少の異常と、脚にいくつかの筋肉損傷あり、と。まあ仕事柄、色々あるのだろう。


「お酒の飲み過ぎですね。仕事柄控えてとは言えませんが、一週間に一日くらいは飲まない日を作ってください。あと喉と脚に痛みや違和感はありませんか?」


 僕の言葉に、ジェーンさんは目を丸くした。


「凄い、君ホントにお医者さんなのね。確かに最近ちょっと喉の様子がおかしいわ。脚は乱暴な客にね。ふふっ、赤くなっちゃって可愛い~」


 僕の頬を指でつつきながら、彼女は悪戯っぽく笑う。


「からかわないでください。じゃあ治しちゃいますね」


 軽く咳払いを一つして、僕は彼女の不調箇所に意識を集中し、治癒を施す。


「終わりました、次の――」


「ありがとね、可愛いお医者さん」


 礼を言うや否や、ジェーンさんは僕を軽いハグで包み込んだ。柔らかい感触と甘い香りに、思わず心臓がドキドキと高鳴る。やめて欲しい、本当に。


 こうして色々ありながらも、初めての健康診断のお仕事は進んでいった。何人か診ていくうちに、二人ほど初期の性病の疑いがある女性がいたので、これは僕の判断でこっそりと治しておいた。ヴェーラさんも治癒魔術を使えるとはいえ、こういうデリケートな問題は、僕一人で処理した方が後腐れがないだろう。ただ、これは後でヴェーラさんとオーナーさんにはちゃんと相談しなきゃだよねえ。


 所変わって、プロメオンの執務室。健康診断の結果を、オーナーであるベルサという女性に伝える。


「どう? シオくんは何か見つけた?」


 ヴェーラさんが促す。


「基本みんなお酒の飲み過ぎや疲労ばかりですけど、二人ほど初期のものですけど性病を確認しました」


 僕の報告に、ベルサさんは眉一つ動かさなかったが、ヴェーラさんは「だよねぇ」と頷いた。


「シオくんに治してもらったって言ってたあの二人ね」


 どうやら、僕がこっそり治したこともお見通しだったらしい。


「まあその……………………………粘膜と粘膜が………………………………喉が…あれだったので……」


 僕が口ごもると、ヴェーラさんが助け舟を出してくれた。


「この子にこれ以上言わせるのは可哀想ということで、ねぇベルサ。ちゃんと記録は取ってあるんだろう? ここ最近でそういうプレイをしたやつに当たりをつけてくれ。出禁にするなり何なりと。もし悪質ならうちらで対処する」


 その手際の良さと迫力は、さすがファミリーの幹部といったところか。


「さ、これで今日の仕事は終わり! シオくん、帰ろっか」


「ふぁい、凄く心臓が疲れました」


 文字通り、心身ともに疲れ果てていた。慣れない環境と、大勢の人間への魔力操作は、思った以上に消耗が激しい。


 家に帰り着くと、戸口で待ち構えていたサルサが、僕の匂いをくんくんと嗅いだかと思うと、途端に柳眉を逆立てた。


「シオから女の匂いがする! ヤダ! 水浴びろ! 早く!」


 有無を言わさぬ剣幕で、風呂場へと押しやられる。

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