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7 感情の共鳴


「ついてこい」


 不機嫌な魔王に睨みつけられながら言われたナーシャは、慌てて長椅子から立ち上がり彼の下へと駆け寄った。

 その際、魔王の側近であるイヴァンディアンの前を通ったが、素通りするのもどうかと思ったナーシャは軽くぺこりと頭を下げる。


 イヴァンディアンは一瞬だけ目を丸くすると、すぐにニコリと笑みを張り付けて綺麗な礼を見せてくれた。


(何に驚いていたのかしら?)


 疑問に思いつつも、あっという間に部屋を出て行ってしまった魔王に追いつくため、ナーシャは小走りで彼を追う。

 背後からは余裕の足取りでイヴァンディアンがついてきているのがわかった。


(足の長さの違いね……)


 高身長な二人に対しナーシャは小柄なため、走らなくては追い付けない。

 それを魔王もわかっているはずなのに、知らんふりしてスタスタと歩き続けている。


 ただ、ナーシャも人からいないものとして扱われることには慣れているので黙って走り続けた。


 息も絶え絶えになり、そろそろ限界を迎えようという頃、ようやく数メートルほど先で魔王が立ち止まった。

 ゴールがわかればどうにか頑張れる。ナーシャは魔王が立ち止まった場所までなんとか辿りついた。


「この部屋を使え」

「はぁ、はぁ、え……?」


 魔王がナーシャを見もせずに部屋のドアを開けると、室内がよく見えた。


 広い部屋には大きな窓に大きなベッド、鏡台やクローゼットまで設置してある。

 それら全て、一昔前の古いものだということはナーシャにも一目でわかった。


 しばらく使われていない部屋だったのか室内には照明器具がなく、夜も更けた今の時間帯は少々薄暗い。


 古くはあるが、どれもかなりの高級品だとわかり、ナーシャは暫し見惚れてしまった。

 そんな彼女の様子を唖然としていると思ったのか、魔王は腕を組み、鼻を鳴らしながら告げる。


「ふん、長く使っていない古い部屋だが文句は言わせ──」

「なんて素敵なの……窓があるわ!」


 嫌味を言ったつもりだったのだが、ナーシャの反応が予想外だったのだろう。

 魔王は言葉を止め、怪訝な顔でナーシャを見下ろした。


「窓はあるのが当たり前だろう。お前、これまで一体どんな……」

「あの、本当にこの部屋を使っていいのですか?」

「は? あ、ああ。まぁ。お前は不本意ながら僕の主人という立場。身だしなみくらいは整えてもらわねば示しがつかぬからな」

「わぁ……!」


 ナーシャにとっては、天井付近に鉄格子があるだけの殺風景で狭い部屋が日常だった。

 古かろうがこんなにも豪華な部屋を与えられて喜ばないわけがない。


 魔王はまるで奇妙な生物でも見るような訝しげな目でナーシャを見ていた。

 そんな折、イヴァンディアンが魔王に声をかける。


「主君、適当にメイドを三名連れてまいりました」


 魔王がスッと視線を向けると、三人のメイドたちはビクッと肩を揺らし、硬直した。

 使用人のこのような態度はいつものことなのか、魔王は気にすることなく言葉少なに指示を出す。


「最低限の世話を」

「か、かしこまりました……!」


 魔王はそれだけを言うと、ナーシャに何かを告げることなくイヴァンディアンと共にその場を去った。


 室内に残ったのはナーシャと三人のメイドだけ。

 メイドたちは互いに目配せし合っている。


「あっ、あれ?」


 ナーシャはそこでようやく今の状況に気づく。

 ドア付近にいたはずの魔王とイヴァンディアンはおらず、代わりに三人の見知らぬメイド服を着た女性たち。


 頭の上に獣の耳がついている者、コウモリのような羽が生えている者、肌に鱗がある者。

 人間とは明らかに異なる姿を見て、今更ながらナーシャは自分が場違いなのを感じて不安になった。


「こほん。私たちは人間様のお世話をするよう申し付かりました」

「お世話……?」

「左様でございます。見たところ、人間様は少々汚れているご様子。まずはご入浴のお手伝いをさせていただきます」


 初対面の、それも魔族に世話をされるということにナーシャは緊張を隠せない。


「さぁ、こちらへ」

「い、いえ! じ、自分で、できます、から!」


 メイドたちもまさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 彼女たちにとっても人間は未知の生物だ。恐れる気持ちがあるのか動揺が見て取れた。


 本人には断られたが、魔王の命には従わなければならないという戸惑い。

 そんな彼女たちの心境がわからず、不安だけが膨らむナーシャ。


(厄介者の私にどうしてメイドが? 見張り、かしら……?)


 ギュッと胸の前で手を握り、ナーシャが身体を震わせた時、部屋のドアが勢いよく開かれた。


「おいっ!!」


 乱暴に開けられたドアの音と魔王の怒声にナーシャはもちろんメイド三人も竦みあがった。

 そんな反応に見向きもせず、魔王は大股でナーシャに近寄ると彼女の両肩を掴む。


「何を怯えている。お前が不安を覚えるせいで足が勝手にここまで来てしまったではないかっ」

「え……?」


 メイドに聞かれないようにか、魔王はナーシャの耳元でこそこそ告げた。

 なぜ自分が不安になると魔王が来るのか、話が見えずナーシャは首を傾げる。


「ちっ……テイムされたマモノは主人との繋がりが深くなり、強い感情を拾うのだ。お前はテイマーのくせにそんなことも知らぬのか」

「そういえば……」


 たしかに、本にそのようなことが書いてあった気がする。

 つまり、ナーシャが怖がったことで身に危険が迫っていると感じ、魔王は駆け付けてしまったというわけだ。


(なんだろう。彼が不本意だということはわかるのだけれど……ちょっと嬉しいと思ってしまうわ。テイマーの性かしら?)


 思わずクスッと笑ってしまったことで、魔王がものすごい形相になっている。


 ナーシャは慌てて謝罪の言葉を口にしながら、何度も頭を下げることとなった。


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― 新着の感想 ―
「何を怯えている。お前が不安を覚えるせいで足が勝手にここまで来てしまったではないかっ」 この表現、思わず笑ってしまいました。 ティムするとどうなるのか、ということがとても分かりやすくユーモアマシマシで…
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