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6 孤高の魔王


 夜空を猛スピードで飛び、魔王は城の上階にある一室のバルコニーへと降り立った。

 抱えられていたナーシャは意識を失っており、魔王の腕の中でぐったりしている。


「人間とはこんなにも脆弱なのか。少し移動しただけだぞ」


 魔王はナーシャを忌々しげに見下ろしながら床に放り投げようとしたが、なぜかピタリと手が止まる。


「ちっ! 主人(・・)に対して乱暴なことはできないということか」


 苛立ちを隠そうともしない魔王からは、おどろおどろしい闇の魔力が漏れ出している。

 だができないものは仕方がない。魔王は部屋の長椅子にナーシャをそっと寝かせた。


「っ、主君! 何ごとですかっ!」


 その時、魔王の並々ならぬ魔力に異常を察知した側近の声がドアの向こうからかけられる。

 こんな姿など本来なら誰にも見られたくはなかったが、ナーシャとのテイムを解除できない限り事情を知る者が一人は必要だ。


 ならば側近以上に適任はいないだろうと考え、魔王は入室の許可を出す。


 側近である吸血鬼のイヴァンディアンは見た目こそ若々しいが、先代の魔王の頃から城で働く古株だ。ロマンスグレーの髪をオールバックにした彼は血の気も多く、プライドが高い魔族だった。

 しかし今代の燈煌の魔王を唯一の主人と認めてからはかなり穏やかになり、今では物腰柔らかな紳士となっている。


 長椅子で眠る人間の娘を見て目を丸くしたイヴァンディアンは、苛立つ魔王の説明を聞いてさらに目を見開いた。


「主君に、名を……!?」

「声が大きいぞ、イヴァンディアン。最重要機密事項だ」

「はっ、申し訳ありません! ですが……」

「言いたいことはわかっている。だからこそこうしてお前にだけ話しているのだ」


 魔族にとって名は特別なものだ。人間と違って親が子に名付けることは少なく、むしろ成人するまで名を持たない者がほとんど。

 自身が主として認めた相手から名を授かることが誉れであり、一人前の魔族の証にもなる。

 現にイヴァンディアンを含め、四天王は魔王が命名していた。


 だが、魔王は別だ。

 魔国の頂点に君臨する絶対的存在。そんな人物に名を与えるなどという恐ろしいことは、絶対にできない。


 魔王とは、最強であるがゆえに孤高の存在なのだ。


 だというのに、人間の小娘に名を与えられてしまった。しかもテイムという最も屈辱的な方法で。


「……ん、ここ、は?」

「目覚めたか。イヴァンディアン」

「はっ」


 意識を取り戻したナーシャがゆっくりと上半身を起こす。

 ぼんやりしている彼女を見ながら、魔王は容赦なく側近のイヴァンディアンに指示を出した。


「この人間を殺せ」

「承知いたしました」


 返事をするが早いか、白目が黒く黒目が白いイヴァンディアンの目がギラついた。


「っ!?」


 大きく開かれた口から覗く鋭い牙が、ナーシャの首筋を狙う。


 しかし、その攻撃がナーシャに届くことはなかった。

 あろうことか魔王自身が彼女を守るように立ちはだかり、イヴァンディアンは一瞬にして倒れ伏してしまったのだ。


「主、君……っ、がはっ」

「くそっ、身体が勝手にこいつを守ってしまう! イヴァンディアン! 僕の守りを避けてこいつを殺せ!!」

「は、はは、無茶を、おっしゃる……」


 イヴァンディアンはガタガタと震えながら、どうにか身体を起こした。


「ちっ、四天王にでもやらせるか?」

「せ、僭越ながら主君。お、おそらくその人間の危機には、勝手に駆けつけてしまわれるかと……」

「どういうことだ」

「っ、ご、ご説明いたしますゆえ、どうか威圧を消してくださいませ……っ! 老骨には、響きます」

「……ふん」


 魔王が威圧を消すと、イヴァンディアンはほっと息を吐きながら衣服を整え説明を始めた。


「我々のように名を与えられた者は主君に忠誠を誓っており、歯向かう意志はありません。おそらく人間のギフトによるテイムはその上位互換。意志に関係なく、不可能になるのです」


 曰く、テイムされた者は当然ながら主人を害することはできず、本人の意思など関係なく守らずにはいられない状態になるのだという。

 名だけを与えるより繋がりも深く、テイムされた者は離れていても主人の感情を敏感に察知してしまうとのことだった。


「おい、人間。テイムを解除する方法は知っているのか」

「ひっ」

「怯えてないでさっさと答えろ」


 絶対に自分を害することはできないとわかっていても、視線だけで人を殺せそうな魔王を前にして怯えるなというほうが無理な話だ。


 ナーシャは首を横にぶんぶん振るので精一杯の様子だった。


「忌々しい! なんとしてでも解除してやる……! イヴァンディアン、こいつについて調査せよ。人間、お前も僕をテイムしたなど、口が裂けても言うでないぞ! 名を呼ぶのも禁止だ!!」

「かしこまりました、主君」


 恭しく頭を下げるイヴァンディアンに対し、ナーシャは何度も首を縦に振ることで答えた。


 ◇


(どうしよう……)


 魔王とイヴァンディアンが何やら相談するのを、ナーシャはビクビクしながら見ていた。


 ナーシャは別になにも言われずとも、恐ろしい魔王相手に波風を立てるつもりはない……のだが。


(本当は解除する方法がわかるなんて言えないわ!)


 テイマーのギフトを持つナーシャには、感覚でなんとなくわかるのだ。

 解除するには、主人である自分がマモノに対し解放を命じるだけで済むということが。


 それを言えないのは、ここで解除してしまえばナーシャの人生が終わりかねないからだ。

 魔王をテイムしている間の身の安全は保証される。


 そしてなにより。


(使うこともないと思っていたギフトを、せっかく使えたんだもの……)


 魔王に対して申し訳ない気持ちはあるが、あっさり手放してしまうのは悲しい。

 何より繋がったことで、あろうことかナーシャは魔王に対して愛着が湧いてしまった。


 怒り狂う魔王が恐ろしいことに変わりはないというのに。

 奇妙に矛盾した感情が、ナーシャの胸の内にあった。


(せめて私の魔国での処遇について交渉ができるまでは、このままにしておいたほうがよさそう)


 少なくとも、魔王の怒りが収まらないことには話もまともにできないのだから。


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