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3 夫への渇愛


 ミラベルはこの国の第三王女だ。

 姉二人はすでに嫁いでおり、自分もいつかは政略結婚の道具として他国か自国の貴族に嫁ぐのだろうとわかっていた。


 それが王女の務め。だが、結婚相手であるウェンデル家の小大公を一目見た瞬間、ミラベルは恋に落ちた。

 政略結婚に違いはないが、恋した相手と結婚できることにミラベルは大いに喜んだ。


 それ以来、ミラベルはずっと夫であるジェイロに愛されようとひたすら尽くし続けている。


「ジェイロ様……ずっと寝室に来てくださらないわ」


 しかし、ミラベルの想いとは裏腹にジェイロは彼女を見てはくれなかった。

 結婚当初こそ、これも義務だとミラベルの寝室に足を運んでくれていたジェイロだったが、日を追うごとにその頻度も減り、今ではまったくと言っていいほどきてくれない。


 なかなか子を授かれない奥方、と周囲の者たちが無神経な噂話をしていることにもミラベルは気づいていた。


 その事実は彼女の心を蝕み、焦りを呼び、追い詰めていく。


「待っていてばかりはダメなのよ。自分から行かなきゃ」


 ギリッと歯ぎしりをしながら、ミラベルは真夜中に自室を出た。向かうのは夫ジェイロの寝室だ。


 貴族の間では、女性から求めることは恥ずべきこととされている。しかしミラベルはもうなりふり構ってなどいられなかった。

 己の美しさには自信がある。王女たちの中でもミラベルが最も美しいとずっと言われ続けてきたし、常に自分を磨くことには余念がない。


 露出の多い夜着を身に纏い、上からガウンを羽織ったミラベルは、護衛騎士を二人連れて薄暗い王宮の廊下を進んだ。


 ミラベルはしばらくの間ジェイロの寝室のベッドの上で待っていたが、彼はなかなか来ない。

 仕事が忙しいことは知っていたが、まさかここまで夜遅くまで働いているとは思ってもみなかった。


 そして日付が変わるだろうという頃、ようやく部屋のドアが開き、ジェイロが入室してくる。

 ミラベルは逸る気持ちを抑え、ガウンをはだけさせてジェイロを迎えた。


「お帰りなさいませ、ジェイロ様」


 頬を紅潮させ、上目遣いで夫を見上げるミラベルは艶やかで色っぽく、大半の男性は彼女を魅力的に思ったことだろう。


 しかし、ジェイロはそうではなかった。

 ミラベルの求める手のかわりに与えられたのは、氷のように冷たい視線と声。


「どういうつもりだ」

「っ、その! 近頃、寝室に来てくださらなかったので……」

「俺は疲れている。さっさと自分の部屋へ戻れ」


 ミラベルを一瞥したジェイロは、彼女の存在を無視して背中を見せるとため息を吐きながら上着を脱ぐ。

 焦ったミラベルはベッドから下りると、ジェイロの背にしがみついた。


「ジェイロ様っ! わたくし、寂しいのですわ! どうか、どうか今日こそは……」

「聞こえなかったのか?」


 振り返ったジェイロは、低い声でゆっくりと言葉を紡いだ。


「部屋に、戻れと、言っている」


 有無を言わせぬ眼差しからは、次はないと言われているような圧を感じた。

 ここでさらに縋っても、出されるのは優しい手ではないのだろう。


 ミラベルは名残惜しげに離れると、一歩下がって頭を下げ、震える声で告げた。


「申し訳、ありませんでした……」


 顔に熱が集まり、屈辱でどうにかなってしまいそうだ。

 ミラベルは、惨めで仕方がなかった。


 俯いたままジェイロの寝室を出ると、早足で暗い廊下を進んでいく。

 後ろから黙ってついてくる護衛騎士の存在が鬱陶しいと感じた。

 形だけに思えるからだ。護衛騎士という存在は、夫が妻を大切にしているという体を保っているにすぎない。


 実際のミラベルは、夫に相手にもされない惨めな女なのだと思い知らされるのだ。


(愛されたい、愛されたい、愛されたい、愛されたい……!)


 幼い頃から家族にたっぷり愛されて育ったミラベルにとって、今の状況は耐えられるものではない。


 愛しい夫に、愛されたい。

 その思いは日に日に膨らみ続け、爆発寸前だ。


 ミラベルはどうしてもまっすぐ自室に戻る気になれず、外を歩く。


「どこまでついてくるつもり!?」

「……私たちはミラベル様の護衛ですので」

「鬱陶しいわね! それならもっと離れて!」

「それも出来かねます。いざという時にお守りできなくなります」

「なによ! 融通がきかないわね!」


 彼らの言い分もわかってはいるが、今は全てが腹立たしい。


 怒りにまかせたまま足を動かしていたからだろう、いつの間にかミラベルは雑草の生い茂る裏庭に来ていた。

 こんなところを歩いていてはガウンが汚れてしまう、そう考えたミラベルが来た道を戻ろうとした時、護衛騎士の一人が鋭い声を上げた。


「なによ、急に」


 開けた場所に、一人の少女が引きずり出された。


(薄汚れた子ね……なんでこんなところに)


 そこまで考えてふと思い当たる。

 ミラベルは不快な気持ちを隠そうともせず、顔を歪ませて少女を見下ろし、口を開いた。


「あなた……ナーシャね? 公爵家の面汚しの」


 つまりジェイロの妹で、ミラベルの義妹だ。

 ナーシャのことはもちろん知っている。ウェンデル大公が面汚しの娘をどこかに監禁していることも。


(ウェンデル公爵家にとって、この子は邪魔なのよね? 殺すわけにもいかず、閉じ込めておくしかできなくて……)


 ふと、ミラベルの脳裏で悪魔が囁いた。


(この子を殺せば、ジェイロ様に褒めていただけるかもしれないわ。でもここじゃダメね、どこか誰にも見つからない場所に……)


 そこまで考えたミラベルはにぃ、と口角を上げる。


「面汚しがいつまでも公爵家にいること自体おかしいのよ。わたくしが、貴女に相応しい場所へ連れて行ってあげるわ」


 ミラベルはナーシャを押さえ付けていた護衛騎士に指示を出す。


 彼女を連れて魔の森の木に縛り付けてくるように、と。

 そして、ナーシャが魔獣に襲われ死ぬところを見届けてこい、と。


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