27 人間の放った一手は
外の散歩から城内の散歩に切り替わったところで、ハピレアピーチェは密かに伝言を魔王の下へと飛ばした。
彼女の羽根は魔力を込めて伝言を乗せれば任意の人物の下へと勝手に飛んでいく。一方通行の伝言ではあるが、先ほどのことを報告しないわけにはいかないのだ。
たとえ後で叱られることになろうとも、言わずに黙っているのがバレた時のほうが怖い。
経験からそれを身に染みてわかっているからこそ、ハピレアピーチェの行動は早かった。
そうして軽い城内散歩を終えた後、ナーシャを魔王の執務室に送り届けたハピレアピーチェとオルグバルモスはドアを閉めてから互いに顔を見合わせた。
「オルグは知ってた? あそこに新人がいたの~」
「ふがぅ」
「だよね~。しかもいっちょ前に気配消してたよね、あの新人たち。ちょっと問い詰めにいこっか~」
「ふが!!」
くれぐれも新人とナーシャが鉢合わせなどしないようにと魔王城中の使用人たちに厳命されていたはず。
だというのに、ナーシャの散歩の時間に外にいるなどあり得ないことだった。
メイドたちが魔王の命令に逆らうなんて恐ろしいことはしないだろうが、事情を聞く必要はある。
自分たちの叱られ度合いの軽減のためにも、何が何でも聞き出さなくてはならない。
ハピレアピーチェとオルグバルモスは足早に先ほどのメイドたちの下へと急いだ。
「どういうことぉ~? ナーシャ様がお庭を散策中なのは知らされていたはずでしょ~」
「ぐるるるる……っ」
「も、申し訳ありませんっ!! 私どもも、何がなんだか……」
新人たちを外に連れ出していたメイドを捕まえると、二人は早速尋問を開始した。
とはいえ案の定というべきか、メイドたちは誰一人状況を分かっていない様子だ。
(なるほど~、精神干渉系だったか~)
メイドたちとて弱い者はここで働けないのだが、物理的な力は持っていても内からの攻撃に弱い者は多い。
彼女らの意識を奪い、新人たちはそれとなくあの時間に外に出たのだろう。
そうなると、間違いなくナーシャとの遭遇を狙っていたと考えたほうがいい。
ハピレアピーチェはグッと拳を握り込んだ。
「で? 新人メイドたちはどこ~?」
「げ、現在はデスローネクロー様監視の下、メイド教育を進めております……」
「クローの監視ね~。なるほど、やっぱりか」
メイドの答えを聞いて、ハピレアピーチェはやはり自分の考えが当たっていたらしいと納得した。
ネクロマンサーのデスローネクローは、精神干渉に強い。彼ならたとえ新人メイドの誰かが魔法を繰り出したところでやられることはない。
それもおそらく魔王の指示だろう。あれだけの伝言で全てを察知し、適任をあてがう魔王の手腕には惚れ惚れしてしまう。
「オルグ、あんたもあの新人メイドにはあんまり近付いちゃダメ~」
「ぐぅ?」
「新人メイドってみんな夢魔じゃない? たぶん、人間のギフトかなんかで力が増幅されてて~、精神系の魔法を使われたのよ~」
ハピレアピーチェも精神干渉系はそれなりに耐性がある。
というより、四天王の中で体制がないのはオルグバルモスくらいだ。種族柄致し方ないことではあった。
「オルグはそういうの、特に苦手でしょ~? というか、あんたが操られちゃったら面倒になるから~」
「ふぐぅ……」
「落ち込まないの~、適材適所っていうでしょ~。大丈夫、もしあんたが暴走しちゃったらあたしの歌で眠らせてあげる~」
「ふが!」
「よしよし、その意気~」
魔族の中でも魔王に引けを取らないパワーを持つ彼が暴れてしまったら、それこそ被害は甚大だ。
例の新人メイドがいる限り、ハピレアピーチェはオルグバルモスのことも注意深く見ていようと決意する。
役に立てず落ち込むオルグバルモスを宥めるようにハピレアピーチェは彼の頭を羽でよしよしと撫でた。
「じゃ、あたしはクローのところに行ってくる~。オルグは引き続き、警備をお願いね~」
「ふがぁ!」
バサッと羽を広げて飛び立ち、ハピレアピーチェは恐らく地下にいるだろうクローと新人メイドたちの下へ急いだ。
(それにしても、人間たちも馬鹿よね~。ちょっと魔族を操れるからって、それでうまくいくと思ってんのかな~?)
魔王が雇おうと募集した新人メイドの条件はただ一つ。
人間に奴隷にされた者たちだ。
初めてそれを聞かされた時は彼女も激しく動揺した。まさか下等種族だと思っていた人間が魔族を奴隷にする術を持っているなど夢にも思わなかったからだ。
『当然、許されることではない。が、これは好機だ。ナーシャを狙うヤツらがこの国に干渉しようとするなら……魔族を使うはずだからな』
怒りを滲ませそう告げる魔王はとんでもなく恐ろしかった。が、ハピレアピーチェとて気持ちは同じ。
種族は違えど同じ魔族が屈辱的な扱いをされていると知って、冷静でいられるほうがおかしいのだ。
「奴隷にされた子たちは、人間たちが不可侵の条約に違反した重要な証拠……すぐにでも助けたいのにそれができないなんて~! でも、仕方ないよね~」
魔族を利用して、魔族を陥れる。
人間の打った非道な一手は、魔族たちの怒りに火をつけるだけの結果となった。




