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「公爵家の面汚し」と捨てられた令嬢は孤高の魔王をテイムする  作者: 阿井りいあ


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25 ナーシャのやりたいこと


 ナーシャの心の傷をゆっくり癒やしていく平和な日常。

 その水面下で、魔王は城で働く使用人の採用試験が行われていた。


「魔王様~。新しいメイドの雇用試験、終わりました~。三人ですよ~」

「そうか。例の条件も確認したか?」

「もちろんですとも、魔王様! 暫くは監視も置きますし万全ですぞ!」

「いずれにせよ、新人はナーシャに近づけるな。怖がらせようものなら……」

「絶対に近づけないですぅ~! おまかせを~」


 四天王ハピレアピーチェとデスローネクロウの二人がかりで入念にチェックした新人三人だ。抜かりはないだろうと魔王も黙って頷いた。


「それにしてもあんな条件をお付けになるとは。やはり人間どもが何か仕掛けてくるとお考えで?」

「あいつは決してナーシャを諦めてはいないようだったからな。仕掛けてくるなら迎えてやればいいだけのこと。面倒だが、背に腹は代えられぬ。徹底的にナーシャの守りを固めろ」

「それはもちろん。ナーシャ様の安全が第一ですからね~」

「その通りだ。いいか、くれぐれもナーシャには気づかれぬようにな。彼女にはなんの心配もせず、平穏に過ごす時間が必要なのだ」

「「はっ!」」


 本人に気づかれることなく彼女の守りを増やすことが重要だった。

 なにせナーシャは大人しそうに見えて、実は結構なおてんば娘。特に自分が関わっている問題だとわかれば、責任を感じて自ら動き出すに違いないのだ。


(まったく、何もせず心身を癒すのが最も大事な仕事だというのに。身体だって最近になってようやく体重が増えてきたのだぞ?)


 吹けば飛ぶような細すぎる身体がやっと吹けば転ぶ程度にまで回復したナーシャ。

 そもそも人間は魔族に比べて遥かに身体が脆いというのに、それでも動き回ろうとする彼女を見ていると魔王は気が気ではなかった。


 働きたがるナーシャをなんとか納得させるために書類仕事を頼んだのは苦肉の策だ。アルテムは彼女にできればペンも持たせたくはない。

 違う種族だからこそ加減がわからず、魔王は念には念をたくさん入れてナーシャを保護しているのである。


 報告を聞き終えて廊下から執務室に戻ると、ナーシャが頼まれた書類の確認を全て終えたところだった。

 イヴァンディアンがそれらをチェックしているのを、ナーシャがそわそわしながら待っている。


「素晴らしいです、ナーシャ様。修正箇所も全て完璧ですね。正直、予想以上です」

「わ、よかった……ありがとうございます」

「文章作成や計算がお得意なのですね。頼もしいです」

「いえ! ただ、勉強しかすることがなかっただけで」


 ナーシャの言葉を聞いてアルテムはハッとした。

 監禁生活中、ナーシャは他にやることがないから勉強をしていただけなのだ、と。


「でも、こうしてお役に立てて嬉しいです。勉強していてよかった……!」


 屈託のないナーシャの笑みで、アルテムはもちろんイヴァンディアンも胸の奥が締め付けられる思いだった。


(監禁生活と同じことをさせていていいのか? 否、いいわけがない!)


 アルテムはがたんと椅子から立ち上がり、執務机から離れるとナーシャに向かって問いかけた。


「ナーシャ、他にやりたいことはあるか?」

「え?」

「勉強と変わらぬ書類仕事のほかに、だ。今はできないことでもなんでもいい。なにか挑戦したいことはないのか!?」


 突然の脈絡のない質問に、ナーシャはなにがなんだかわからず首を傾げている。

 質問の内容は理解したため、目線を斜め上に向けながら考えているようだった。


 せっかく今のナーシャは自由なのだ。もっと好きなことを好きなように経験させたい。


(よかれと思ってやっていたことが、ナーシャの自由を奪っていたのかもしれない。ぐぬぬ、それは自分が許せぬぞ)


 アルテムは、彼女を囲っているだけではこれまでの生活となにも変わらないとようやく気づいたのである。


「え、っと。その」

「遠慮せずに言ってくれ」

「では、あの。少しだけ、運動がしたい、です」


 思わぬ要求に、アルテムもイヴァンディアンも拍子抜けした顔を浮かべた。


 ナーシャはもじもじと照れ臭そうに言葉を続ける。


「私、身体を動かすのが苦手で。幼い頃は外遊びが好きだったのですが、今は体力もないので……少しずつ、取り戻したいなって」


 たしかに、監禁生活中も夜中に時々抜け出して散歩をしていたと聞いた。

 本来のナーシャはただ大人しいだけの女性ではなく、部屋を抜け出す度胸も行動力もある活動的なタイプであるのかもしれない。


 それに、身体を動かすことは良いことだ。アルテムは頷きながら口を開いた。


「ふむ、健康の維持にはよく食べよく動きよく寝ることが大事だ。なるほど、ナーシャには運動が足りていなかったのか……守ることに意識が向きすぎて失念していたぞ」


 とはいえ、どんな運動をさせればいいのかがアルテムにはわからない。


「軍の訓練に参加するか?」

「主君、無理です。段階を踏みましょう」

「む」


 そのため、加減を知らない。イヴァンディアンが止めていなければナーシャはもちろん軍の者たちも大いに戸惑ったことだろう。


 相変わらずよくわかっていないアルテムのために、イヴァンディアンがよい提案をしてくれた。


「まずは散歩からはいかがですか? 魔王城内だけでも歩き回ればいい運動になるかと。庭も広いですし、景色を楽しみながら続けられるかと」

「散歩……? そんなことが運動になるのか」

「恐れながら主君、ナーシャ様はこれまでほとんど動かぬ生活を強いられていたのです。何ごともちょっとずつ。ゆっくりと慣らしていくのですよ」

「なるほど」


 アルテムがナーシャに目を向けると、ほっと胸を撫で下ろしながらうんうんと首を何度も縦に振っている。

 どうやら、散歩はナーシャも望むことのようだ。


「では僕がともに」

「なりません」

「……」


 片時も彼女と離れたくないというのに、側近が即座に却下してくる。

 思わず殺気が漏れそうになったが、仕事を放りだして散歩に付き合っていてはダメだということも理解はしていた。


 アルテムは長い葛藤の末、週に二回は一緒に散歩することで妥協した。


「それ以外の日の散歩は守りのオルグバルモス、機動力のハピレアピーチェの二人を必ず付き添わせろ。いいか、そうでなくとも僕が側にいない時は必ず四天王の二人はナーシャの側につくように手配せよ」

「承知いたしました。すぐに」


 さっそく、四天王へ連絡しに向かったのだろう、イヴァンディアンが執務室を去り、部屋にはアルテムとナーシャの二人きりとなった。


「あの、ありがとうございます、アルテム」

「よい。僕から離れるのは心配だが……ナーシャのしたいことをしたほうがいいからな」


 アルテムが口を尖らせつつそう告げると、しばしぽかんとした顔でこちらを見上げていたナーシャがふにゃりと笑う。


「うれしい」

「っ!」


 ナーシャの笑顔はアルテムの心を鷲掴みにした。

 勢いに任せてまた口づけをしたい衝動に駆られたが、嫌われては元も子もない。


 アルテムはグッと唇を噛みながらひたすら耐えることとなった。


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― 新着の感想 ―
下唇グッと噛んで噛みすぎて血がタラリ 思わず駆け寄り顎を支えて切れた場所を確認する為に顔を近づける 戻ってきたイヴァンディアンが扉を音無く開ける 扉をそっ閉じしたそうな
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