23 片時も離れぬ魔王
魔王城でのナーシャは、四六時中アルテムとともにいる。
求愛されてからというもの、アルテムが離してくれないというのが実際のところだ。
「さすがに、寝るときはやっぱり……」
「決して無体は働かぬ。ただ隣で寝るだけだぞ」
「そっ、それは、もう証明してもらっていますが……」
すでにあの日から何度も同じベッドで寝ているのだから、アルテムが手を出さないのは本当だということはわかっていた。
とはいえ、これでも一応貴族の心得を独学で学んできたナーシャにとって、結婚前に異性と同じベッドで寝るということには抵抗がある。
もちろん、最初の夜も抵抗した。しかしなんだかんだで言いくるめられ、というより彼の懇願に負けて許してしまったのがよくなかったのかもしれない。
アルテムが味を占め、それから毎晩一緒に眠るのが習慣となってしまったのだ。
ナーシャ自身も彼の体温を感じながら眠りにつくと安心からか熟睡できてしまうのがまたよくない。
心地よさを知ってしまっては、強く拒否することもできないというわけだ。
「それでもやっぱり、結婚前に異性と一緒に寝るのは抵抗がありますっ!」
「……今さらではないか?」
「そうですけどっ!!」
今もベッドの上で抱き枕にされながら言われても説得力がないのはわかる。
それでも抵抗をやめて甘んじて受け入れていては、ナーシャの中にある何かが崩れてしまいそうなのだ。
「そうでなくともずっと側にいるんです。寝るときくらいは別でも……」
「ナーシャとは片時も離れたくないのだ。僕のいないところで何かがあったらと思うと」
そこまでアルテムが言った時、突然窓の外で轟音が響いた。雲行きが怪しくなり、風が吹き荒れ始めている。
「お、落ち着いて、アルテム!」
「わかった」
ナーシャが叫ぶとそれらはすぐに収まり、いつも通りの静かな夜が戻る。
ほっと息を吐いたナーシャは改めて言葉を選びながら説明を試みた。
「まず、私はたしかに弱いですが、そう簡単にどうにかなるほどではありません。それから私は人間なので、魔族の基準で、その……執着をされるのは、少しだけ窮屈なんです」
「っ、ナーシャは僕が嫌なのか!?」
「嫌ではないです、落ち着いてったら!」
こう短い時間で何度も暴風の危機が訪れてはたまらない。外にいる魔族たちも怯えてしまうことだろう。
ナーシャはなんとかアルテムを落ち着かせつつ、どう言えば伝わるかを考えながら言葉を選ぶ。
「わ、私はまだ、アルテムに返事をしていません。それまでは私の主張も尊重してもらえませんか?」
「ナーシャの望みは全て叶えるぞ?」
「離してほしいという望みはなんだかんだと丸め込まれて叶えてもらっていません」
「む……」
嫌なのではなく、一人の時間がほしいだけ。それをどうにか伝えたいナーシャは静かな声で続けた。
「側にいるだけでいいと思ってもらえるのは嬉しいです。それに甘えたい気持ちもあります。でもそれ以上に、私は何も出来ないお荷物でいるのが嫌なんです。ここで大切にしていただけているからこそ、私にもできることはやらせてほしいの。ただ抱えられているだけのお人形にはなりたくない……そんなの、あの頃と同じだもの」
半地下の部屋に監禁されていた日々。何度も繰り返し同じ本を読み、同じ勉強をすることしかできなかったあの事に比べればずっといい。
だが今は、自由になりたかったあの時とは違った意味で動き回りたかった。
自分のためではなく、アルテムやみんなのために動き、役に立ちたい。そんな願いがナーシャの中で新しく生まれているのだ。
アルテムもまた、自分がナーシャの時間を全て奪っていることを自覚している。その上で、当時のナーシャの生活を思い出して眉を寄せると、諦めたように彼女を抱く力を少し緩めた。
「ナーシャは、なにかしたいことがあるのか?」
「う、そうは言っても私にできることなんてほとんどないのですが……あっ、簡単な書類整理や計算なんかはできます! お掃除だって!」
「ナーシャに掃除などさせられるわけなかろう。ふむ、ならば今後はともに書類整理をしてもらう。それでどうだ?」
いつも忙しいアルテムの助けになれる、それだけでナーシャの顔はパッと明るくなった。
「! はい! ありがとう、アルテム!」
自身の腕の中、至近距離で笑顔を見せるナーシャに我慢ができなくなったのか、アルテムはガバッと彼女を抱きしめた。
「ナーシャがかわいすぎるのが悪い……」
「あの、それで、別々で寝るのは……」
「無理だ。僕からナーシャを引き離したら人間の世界にまで台風を呼ぶぞ」
「……このままでいいわ」
ナーシャとしてはこの流れでベッドも別々にできたらと思ったのが、どうやら考えが甘すぎたらしい。
大人しくされるがまま、アルテムの胸元で力を抜いた。
「ナーシャ、愛している。どうかゆっくり眠ってくれ。僕がいる限り絶対に安全だからな」
「? ええ。ありがとう、アルテム。……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
アルテムの言葉にどこか疑問を覚えながらも、ナーシャは目を閉じゆっくりと睡魔に身を委ねる。
そんなナーシャを愛おしげに見つめていたアルテムは、彼女が眠った後、優しく頭を撫でながら心配そうに眉根を寄せた。




