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「公爵家の面汚し」と捨てられた令嬢は孤高の魔王をテイムする  作者: 阿井りいあ


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22 甘やかな日常


 ジェイロが森を襲撃した事件から十日ほどが経過した。

 翌日から魔王城は平常運転で、三日もすれば魔族たちはその話題さえ忘れてしまっている様子だ。


 もちろん、ナーシャは全てを覚えている。それどころか今もなおものすごく気にしていた。


(私のせいでお兄様を無傷で逃がしてしまったのよね……アルテムは優しすぎるわ!)


 あの日、告白をされてしまった後は動揺ですっかり聞くのを忘れてしまっていたが、城へ着いてすぐアルテムに問い詰めたのだ。


『あの、お兄様をあのまま逃がしてよかったのでしょうか? きっと国王陛下に報告へ行ったかと……もしかしたら本当に国軍が動くかもしれません!』

『ふん、ナーシャの目の前で家族を殺すわけにはいかぬだろう。それにあんな奴より今はナーシャを落とすことのほうが大事だ』

『なっ……!』

『人間どもがどう出て来ようが、邪魔をするなら都度払えばいいだけのこと。そんなことよりもナーシャ、今日は僕が選んだドレスを着てともに晩餐でもどうだ?』


 といった具合で、ナーシャに心配をさせる暇も与えてくれなかったのである。


(結局、いつもうやむやにされてしまって、あ、甘やかされて……流されてしまう私も私だけれど)


 魔族にとっては人間の国がどう動くかなど本当に些細なことなのだと改めて思い知らされる。

 慌てているのが馬鹿らしく思えてくるほど、魔王以外の者たちも同じ様子なのだ。


 それほど、彼らは自身と魔王の力を信じているのだろう。


 だが人間の力だって侮れないことをナーシャは知っている。ギフトがあっても個々の力では魔族には敵わないだろう。だが人間は狡猾で、卑怯で、集団戦を得意とする生き物だ。


(何かよからぬ手を使ってこないといいけれど……そのために、私だけは注意しておかなきゃ。そもそも、私がいるせいでお兄様が仕掛けてきたんだもの)


 魔王城にて、アルテムの他、四天王からも使用人からもちやほやされているナーシャだが、ぬるま湯に慣れてしまわないよう必死で心を奮い立たせ、両拳を握った。


 アルテムの、膝の上で。


「主君、北側の湖にまた大型魔獣が出現したようです。周辺の魔族たちが魚を獲れず困っているとか」

「ああ、なら何人か送れ。二日で解決してこいと伝えろ」

「はっ。それからハーピー一族から嵐の予報がきています。備えは例年通りで?」

「問題がなければそれでいい。規模の予測を念入りに行え」

「はっ!」


 しかも現在、いつも通りの執務を行っているアルテムの膝の上だ。


 どう考えてもおかしい。アルテムもそうだが、イヴァンディアンもなにも言わなければ使用人も誰一人疑問に思っていないこの状況はいかがなものか。


 ナーシャはついに耐え切れず口を開いた。


「あ、あのぅ」

「ん、どうした? ナーシャ」


 しかし、ナーシャの声かけに瞬時に反応したアルテムは、これ以上ないほど甘い微笑みと声を向けてくる。

 思わず顔は赤く染まり、うっと言葉に詰まったナーシャだがここで引いては意味がない。


「やっぱり私、お邪魔なのでは?」

「なにを言う。ナーシャが邪魔になることなどあるものか。まさか誰かになにか言われたか? 僕が吹き飛ばしてくれる!!」

「そ、そうじゃなくて! 私が居た堪れないんですっ!」


 ナーシャはぷくっと頬を膨らませてさらに言葉を続けた。

 彼女が怒る様子を見せるのは珍しく、アルテムはもちろんイヴァンディアンも目を丸くしている。


「だいたい、アルテムはすぐそうやってカッとなるの、やめたほうがいいです!」

「む……」

「よくないですよ? もしまたカッとなった時は六秒間だけ我慢するように意識してみてください」

「六秒、か?」

「はい。ゆっくりですよ? そうすることで、少し気持ちが落ち着くんだそうです」

「ふむ。ナーシャが言うならやってみよう」


 まるで母親が子に説教でもするような様子だ。しかもあの孤高の魔王が素直に従っていることが信じがたく、イヴァンディアンたちはぽかんと口を開けたままとなっていた。


「落ち着きましたか? ではちゃんと聞いてください。お仕事中はきちんと集中したほうがいいです。私は部屋で待っていますから。せめて膝から下ろしましょう?」

「だが、ナーシャを抱えていたほうがやる気がでるのだ。いつも以上に仕事もはやく終わる。それでもダメなのか?」

「えっ」


 しゅんとなって上目遣いで訴えるアルテムに、ナーシャは怯んだ。そのままイヴァンディアンに目を向けると、その意図を正確に理解した従者は頷きながら口を開く。


「主君の言う通りです。ナーシャ様がいらっしゃる時とそうでない時では、仕事の捗り具合が大幅に異なります」

「えぇ……?」

「ほらな? そう時間はかけぬ。あと少しだけだからここにいてくれ、ナーシャ」

「む、むむむぅ……はぁ。わかりました」


 結局、ナーシャは根負けしてその場にいることを許してしまった。

 離してくれと強く言えないのは、ナーシャ自身も少なからず居心地がいいと感じてしまっているのも理由の一つだろう。


(この幸せがいつまでも続いたらいいな……)


 ここのところ、たくさん甘やかされているおかげでナーシャはようやく「愛される」ということを知った。

 心が満たされ、自然と頬が緩む感覚はいつぶりだろうか。すっかりこんな気持ちを忘れていたナーシャには、この心地よさを強く振り払うことなどとてもできなかった。


(でも、きっとお兄様はこのまま引いたりしない。なにかまた仕掛けてくるはずよ)


 何ごとも徹底的にがウェンデル家の家訓だ。私兵は皆いなくなってしまったが、本人は無傷で家も無事なら今度はもっと準備を整えたうえで向かってくるだろうことは容易に想像できた。


(きっと私のことも、強いドラゴンをテイムしたと気づかれたんだわ。ううん、魔王をテイムしたことがバレたと思っていたほうがよさそう)


 そうでなければ、あの兄が自分を取り戻そうと必死になる理由がない。落ち着いて考えれば簡単にわかることだったのだ。


 ナーシャは、自分だけは警戒を続けておこうと心に決めた。


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