21 人間の思惑
ジェイロは、王城に来ていた。
「ほう。つまり公爵令嬢は魔の国を支配できる力を持ったということか」
「その通りでございます、陛下。魔王はもはや妹の命令に背くことはできません。陛下の長年の夢を叶える一助となりましょう」
長年の夢。それは魔族を制圧することだ。
遥か昔から人間は、魔族の脅威に晒されてきた。魔王に統治されている知性ある魔族ならまだしも、魔物は魔の森から飛び出し時に人間を襲う。
しかし、それは魔王の性質により環境は大きく変わる。
その代の魔王が人間に対して好意的であればあるほど人間の平和は保たれるが、その逆だった場合、全面的な戦争となる。
歴史上、人間を排除しようとした魔王は二人。一人は先代の魔王だった。
人間は魔物や魔族の脅威に怯え、多くの者が命を奪われた。暗黒時代と呼ばれたその時期は約百年続き、魔王が世代交代をした時、人々は次の魔王がどのような思想の持主かわかるまで怯えて過ごしたという。
幸いというべきか新しい今の魔王は人間に対する興味がないようで、手を差し伸べることはしないが、むやみに攻撃をすることもない、いわゆる相互不干渉を望んだ。
ただし、魔王のテリトリーである魔の森から向こう側に侵入しようものなら容赦しないとのことだった。
しかし魔王は意外にもきちんと管理する性格らしく、魔族や魔物も極力人間の地へ向かわないような統治をしており、人間は百年ほどかけてゆっくりと平和を取り戻していったのだ。
とはいえ、暗黒時代の傷跡は深く、特に王家はその恨みをずっと引き継いできた。
この先の未来も魔王の交代によって平和を脅かされてはたまらないと、密かに魔国の制圧を目論んできたのだ。
魔族に対応できるスキル持ちは王城へ呼び、研究を重ね、彼らの力を抑える術を身につけた。
それもあって、ナーシャが得たマモノをテイムできるスキルは価値のないものと切り捨てていたのだ。
しかし他でもない魔王をテイムしたというのなら話は大きく変わってくる。
ついに人間の時代が来たと思うのも当然の流れだった。
「しかし、公爵令嬢はずっと心を病み、屋敷に籠っていたというではないか。どこで魔王と出会う機会があったのだ?」
「申し訳ありません、陛下。詳しいことは私にもわからないのです。ただ、妹は時折こっそりと屋敷を抜け出していたようで」
「ウェンデル公爵家から魔の森までは、いくら近いといえど馬がなければ難しくはないか?」
「ええ。屋敷の使用人が協力していたようです。その使用人は……魔王によって亡き者となってしまいましたが」
「なんと、噂に違わず残虐な。令嬢はそれを止めなかったというのか?」
「さすがに魔王を完璧に御するのは難しいのでしょう。気づいた時には一歩遅かったようです」
ジェイロはそのよく回る口で、顔色一つ変えずに虚偽を紡ぐ。
実際、魔王がウェンデル家の私兵を殺したのは事実であるし、その中の誰が手を貸していたかなど他の誰にも証明はできない。
魔族の言い分を聞くわけもなく、またナーシャがいくら違うと叫んだところで魔族に丸め込まれたのだと言えばいい。
証拠もない状況でいくら喚こうが、王家の信頼も篤いジェイロが疑われることはないのだ。
「我がウェンデル家の私兵はことごとくやられてしまいました。心優しい妹ならそれを知って帰って来ないことなどあり得ないのですが……きっと魔王や魔族に騙されているのでしょう」
「なんと姑息な手を……! どうにか公爵令嬢を取り戻す方法はないものか」
攫われた妹を思って悔しそうに唇を噛むジェイロの姿に、国王も眉根を寄せる。
ジェイロは国王に見えないように僅かに口角を上げると、すぐに深刻な顔を浮かべて口を開いた。
「そこで陛下に頼みがございます」
「申してみよ」
「難しい頼みだとはわかっておりますが……どうか、魔族の奴隷を何人かいただけませんでしょうか」
ジェイロの言葉に、国王はピクリと眉を動かした。
魔族の奴隷。
それは国が秘密裏に行っている実験の産物だ。
魔の森からは時々、好奇心からから人間の国へと魔族がやってくる。見つけ次第それを捕らえ、隷属スキルによって無力化し、王城の地下施設で幾度も実験を行っていた。
長年の研究により、ついに隷属の首輪を作ることに成功した国は、魔族をその地下施設で飼っているのだ。
そしてその魔族たちを奴隷と呼び、様々な実験の被検体にしたり、人目のつかぬ場所で働かせている。
このことは国の上層部と一部の高位貴族しか知らされていなかった。
「……それが、どういうことかわかっているというのだな?」
当然、奴隷を利用するにはかなりのリスクがある。
見つかれば国の信頼に関わるだけでなく、魔国との戦争に発展しかねない。
だがそうならないように数々の実験を繰り返してきたのだ。首輪をつけられた魔族が決して主人に抗えないことは何度も確認されている。
精神支配のスキルを利用した隷属の首輪は、まるで本人の意思かのように主人を盲信するのだから。
「はい。魔王に不審がられず魔国に潜入するにはそれしか方法がありません」
「しかし……ふぅむ」
「お願いします、陛下! 妹を助けるためには手段を選んでいられないのです! どうか……!」
涙ながらに訴えたジェイロは、深く頭を下げて国王の返答を待った。
暫くして、国王は重々しく告げる。
「わかった。しかしウェンデル小大公。このことは……わかっているな?」
「! はい、もちろん他言はいたしません。情報の扱いにも細心の注意を払いましょう。我が父、ウェンデル大公とともに神に誓います」
「大公もそれが望みであったか。……よかろう。数日以内に用意する」
「ああっ! 感謝いたします、陛下」
こうして、ジェイロは国王から魔族の奴隷を二人送られることとなった。




