20 猛攻はここから
どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。
ナーシャは震える声で告げた。
「あ、の。それって、やっぱり、テイムされているから、で」
「断じて違う。知らぬとは言わせぬぞ? テイムは心までは縛ることができぬ」
「そう、です、けど……」
嘘ではないことくらいわかっていた。
ただ、耳元で本気の愛を囁かれてナーシャはひどく動揺している。
(……言わなきゃ。本当のことを)
ずっと隠していたことを打ち明けるのはとても怖い。
だが、魔王が真剣だからこそナーシャも真摯に向き合うべきだ。
「私……ずっと、黙っていたことが、あるんです」
ナーシャは勇気を出した。
本当はいつでもテイムが解除できること。
解除したら追い出されると思って言い出せなかったこと。
自分の醜い部分を、隠すことなくありのまま白状した。
(呆れられる? ううん、嫌われるかも。今度こそ……放り出されるかもしれない)
泣いてはいけない、とナーシャはぎゅっと唇を噛みしめる。ここで泣くのはダメな気がした。
騙していたのは自分なのだから、何を言われても受け止めなければならない。
しかし、罵倒が飛び出すかと思われた魔王の口からは、喜色に満ちた声が発せられた。
「それはつまり、僕の側にいたいから言い出せなかったということだな?」
「え?」
「違うのか……?」
「違わない、けど!」
急にしゅんと萎れた魔王がまたかわいく見えたが、今はそれどころではない。
ナーシャは顔を上げて、泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。
「わ、私はずっと貴方を騙していたのですよ? 今の生活が幸せ過ぎて、手放したくなくて。自分勝手な理由で貴方を利用していた、卑怯者です。これって怒るところですよ?」
「自分勝手で卑怯者?」
ナーシャは真剣だというのに、魔王はその訴えを聞いてきょとんとした顔を浮かべた後、すぐにクスッと笑った。
「狡さも卑怯さも、魔国で生きるには必要なものだ。実に魔族らしいぞ」
「魔族らしい、ですか?」
「そうだ。この国は実力主義。騙し騙され、利用し利用されるのは当たり前のこと。テイムされたのは僕の自業自得で、解決する方法を自ら見つけられなかったのもすべて僕の責任だ」
「で、も」
魔王はさらに否定の言葉を続けようとするナーシャの唇に人差し指を当てた。
「謝罪させてくれ。これまで酷い態度をとってすまなかった。殺そうとしたことも、怒りをぶつけたことも。……後悔している」
悔しさを滲ませた表情で告げる魔王の言葉は、ナーシャの心に真っ直ぐ届いた。
それは温もりをもって心の奥にまでじんわりと広がり、ついに涙が溢れてしまう。
「許してもらえぬかもと怯えているのは、僕のほうだ」
「そんなっ」
「だから、誠意を見せたい」
ナーシャの涙を指先で拭いながら、魔王は困ったように微笑んだ。
「テイムを解除しろとは言わぬ。ナーシャが僕の想いを受け入れても構わないと思ったら、その時に解除してくれ」
あれほど解除を望んでいたというのに、魔王はタイミングをナーシャに委ねてくれるという。
それだけで彼の本気が伝わってくるというものだ。
涙は勝手にぽろぽろと頬を伝っていく。
(これは、夢?)
突然すぎて、魔王の愛に応えられるかはまだわからない。
だが、ここにいていいと許されたことが、ナーシャにとってはこれ以上にないほど幸せなことだった。
今の生活を手放さなくていい。
優しい魔族の仲間たちに、秘密と罪悪感を抱え続けなくていいのだ。
魔王はそんなナーシャの気持ちを全てわかっているとばかりに頷くと、再び彼女を抱き寄せた。
「テイムされていようといまいと、僕は番を手離したりしない。それを証明してみせる」
ぐすぐすと泣き続けるナーシャをあやす様に魔王が背中を撫でてくれる。
ほぅ、と安心したように息を吐いた時、再び耳元で甘い声が囁かれた。
「これからは、毎日口説かせてもらうぞ」
「えっ」
「魔族は生涯一人の番だけを愛す。そして惚れた相手には弱いのだ。僕は絶対にナーシャを諦めぬぞ」
顔が熱くて仕方がない。
くつくつと喉を鳴らして笑う魔王の声も、振動も、香りも、今のナーシャには刺激が強すぎた。
「ナーシャ?」
顔を覗き込もうとしてくる魔王を手で制し、ナーシャは恥ずかしさを誤魔化すように冗談を口にする。
「わ、私のこと、もう名前で呼んでくれるんですね?」
「当然だ! ……ナーシャも、僕の名を、呼んでくれ」
「あれほど呼ぶなと言っていたのに?」
今度はナーシャのほうがくすくすと笑う。
自信がなさそうに言葉が尻すぼみになっていくのがおかしくて仕方がなかった。
魔王はむっとしたようにナーシャの顔を覗き込むと、まるで子どもの言い訳のような文句を言い放つ。
「番からの贈り物となれば話は別なのだ! ナーシャだけがその名を呼べるのだぞ? 特別なのだぞ?」
「ふふっ」
ムキになるところ。慌てるところ。
その全てが、恐ろしい魔王のイメージとは正反対だ。
けれどナーシャは知っている。
魔王城で過ごす中で、孤高の存在だった彼の新たな一面を見る度、不思議な気持ちになっていたのだから。
(いつから彼を怖いと思わなくなったかしら? この不思議な気持ちは、なに?)
一日でこんなにも色んなことが起きたのは、魔の森に捨てられたあの日以来だ。
(あの日は人生最期の日だと思っていたけれど。運命の日、だったのかも)
不安そうにしている魔王を見ていると、なんとも感慨深い。
「これからもよろしくね。……アルテム」
「ああ……っ、ナーシャ!」
「きゃっ、お、お手柔らかにっ」
「それは難しい注文だ!」
喜びのあまり頭や額、頬にたくさんのキスを落とす魔王にナーシャはたじたじだ。
しかし、憎めない彼の様子に気づけば嬉しそうに笑ってしまっている。
大事そうにナーシャを抱えて飛ぶ魔王の笑い声は、青い空と森中に響いていた。
ひとまずここでおしまいです。
もちろんまた続きは書く予定ですので気長にお待ちください!
お読みいただきありがとうございます!
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