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「公爵家の面汚し」と捨てられた令嬢は孤高の魔王をテイムする  作者: 阿井りいあ


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19 魔王の本気


 ナーシャは、いつの間にかふわりと優しく抱きしめられていた。


「なぜ喜ぶ」

「……え? あれ?」


 抱きしめていたのは魔王だった。


「死ぬところだったのだぞ!? なぜ、死の間際に幸せなど感じる!?」


 それは、悲痛な叫びだった。

 怒りを露わにしてはいるものの、魔王は今にも泣きそうな顔だ。


 生を諦めたことが伝わってしまったのだろう。

 魔王は、そんなナーシャに怒っていた。


「……だって。私の名前を呼んでくれたから」

「なっ」

「嬉しかったの。私の存在が、認められたような気がして」


 ナーシャの言葉に魔王がどう思ったのかまではわからない。


 魔王は、耳まで真っ赤になっていた。

 不謹慎ながら、いつもは偉そうで怒ってばかりの魔王が今はかわいらしく見える。


 しかしそんな優しい雰囲気に流されている場合ではない。

 地面へ下りていく間中、ずっとジェイロからの攻撃が魔王に直撃しているのだ。


 恐らく、あの攻撃はナーシャに向けられているもの。それを魔王が背中で、全て涼しい顔で受け止めている。


「……あ、あの。兄の攻撃が」

「この程度の攻撃では鱗一つ傷つかぬ」


 よく見れば、炎の攻撃は魔王に当たっているようで見えない膜のようなものに阻まれている。

 魔王の言葉は本当だとわかり、ナーシャはホッと安心して彼の胸に頭をもたれかけた。


 その瞬間、ぴくりと魔王は身動ぎすると抱きしめる力を少しだけ強めた。


 地面に降り立ち、魔王はナーシャに結界を張ると今度は黒いドラゴンの姿へと変化を始める。


「よいか、小僧。今さら利用価値を見出したところで遅い。そのような都合の良い話が通ると思うな! 我が番は決して渡さぬぞ!」


 ビリビリと空気が震え、これまで攻撃をし続けていたジェイロはさすがにじりじりと後退を始める。


 完全にドラゴンへと姿を変えた魔王の耳をつんざくような咆哮に、ジェイロはようやく背を向けて逃げ出した。

 炎を操り、煙幕のようにして身を隠していたが、魔王にとってそんなものは意味を成さない。


 この場でジェイロを殺す勢いだったが、さすがにナーシャの前で実兄を手にかけるのは、と我慢してくれたようだった。


 そんな中、明るく間延びした緊張感のない声が聞こえてくる。


「魔王様の口からはっきり番と申されましたね~」

「あっ、ハピーちゃん、大丈夫だった!?」

「へ~き! 一瞬だけ意識が飛んじゃったけど、大した怪我はないよ〜。ごめんね~?」

「ううん、私も大丈夫。無事でよかった……」


 ハピレアピーチェの無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろしたところでナーシャはふと疑問に思う。


 それから神妙な顔つきで質問を投げかけた。


「あの。番って、なに……?」


 ◇


 森を抜けた後も、ジェイロは走り続けた。

 連れて行った騎士たちの中にはまだ息のある者もいたが、それら全てを置き去りにして。


 今にも魔王の攻撃が頭上から振ってくるのではないかという恐怖が全身を襲ったが、頭の中はすでに違うことを考えている。


「黒龍は、橙煌の魔王……はっ、あの面汚し、魔王をテイムしたのか! ふ、ふふ、はははははっ!!」


 こっ酷くやられたばかりだというのに、ジェイロは諦めていない。

 目を見開き、全力で走り続けながら高らかに笑う彼の声は街道へと続く草原に響き渡っていた。


 ◇


「魔王様、追いますかな?」


 人間よりも耳の良い魔族たちには、その笑い声が耳に入っていた。

 呆れたように告げるデスローネクローに対し、魔王はより冷めた眼差しで淡々と答える。


「良い。我が領地から出て暴れると向こうにつけ入る隙を与えてしまうからな」

「たしかに面倒ごとが増えますなぁ。こちらとしてはどれだけの軍勢を引き連れて来ても一向に構いませぬが! はぁ、もっと手応えのある者を寄越してほしかったですなぁ! 我が闇の軍勢はもっと……」


 デスローネクローの死霊自慢を聞き流しながら、魔王はナーシャの下へと歩み寄る。


 配下の二人に後始末を頼むと、魔王はナーシャを横抱きにしてあっという間に空へと飛び立つ。

 眼下のハピレアピーチェが嬉しそうに手を振り、ナーシャに向かってウインクをしていた。


 ほんのり頬を染めていたナーシャだったが、倒れているたくさんの騎士たちを見て、すぐに顔色を変えた。

 置き去りにして自分だけ逃げたジェイロは、自分の騎士たちをなんだと思っているのかと。

 思わずギュッと魔王の服を握りしめてしまう。


「能力の高き者が優遇されるのは魔族とて同じ。それは弱き者を守るためなのだが人間は違うようだ。弱き者を虐げ、捨てる。残酷なことだ」

「たぶん、人間みんながそうというわけじゃないです」

「あぁ……それはそうかもしれぬな。お前のような者もいる」


 急に柔らかな笑みを向けられて、そういう場合ではないというのにナーシャの頬が再び赤く染まる。


 彼の橙色の瞳から目が離せなかった。


「テイムされたことで、僕はずっとナーシャに対して酷い態度を取ってきたな」

「それはっ、仕方のないことです。無理矢理従わされるのは誰だって嫌ですから」

「だがナーシャは無理な命令をしなかった。ああ、いや。二度あったか。最初に森について来た時と、僕を遠ざけようとした時に」

「あ、あの時はっ! あ、貴方が、その……」

「口付けたから、か?」


 あの時のことを思い出し慌てるナーシャに、魔王はくくっと喉を鳴らして笑う。

 ナーシャは何も言い返せず、口をはくはくと開閉することしかできなかった。


「気づいたのだ。お前こそが僕の番だと」

「でも、それは」


 番の意味は、さきほど聞いた。

 人間でいうところの「運命の恋人」だそうだ。


 しかしそれはテイムされているからで、主人に向ける好意をそう錯覚しているのではないかとナーシャは思うのだ。


「ナーシャ、愛している」


 けれど、魔王の真剣な瞳とその声を。


「愛しているのだ……」


 そっと頭を擦り寄せてくる彼を。


 信じたいと、幸せだと思ってしまう自分に、ナーシャの胸はこれ以上ないほど痛んだ。


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