勝ってナンボの商売
これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。
随時更新して行きます。
【お断り】「靴、勝利、衣服」の三題噺です。
(以下、本文)
山の奥で出会った、靄のように霞んだ老人は言った。
「仙人に勝ち負けはないよ。食べ物すら要らない私たちに、靴や衣服が必要だと思うかね?」
なるほど老人の衣は、体と一体になっている。木の幹と枝葉の関係みたいだ。
そもそも足元は霧の中に隠れて居て、足があるのか、ないのかさえ分からない。
一緒に極地探険していた軍人さんは言った。
「仙人さまの、おっしゃりようは、それは隠者の思想です。行動する者には動機が必要なんです。軍靴や軍服は武器と同じくらい大切です。勝ち負けを争うことが虚しいのは、最初から分かっています。」
この人は話が分かるタイプだから、こんな突き離した言い方ができるんだよな。
この旅に途中で合流した自称「麻雀ゴロ」は言った。
「プロのギャンブラーと言ったって、必勝法なんてないよ。勝ったり負けたりを繰り返して、当座の生活に必要な分だけ残ってりゃいい。大負けしたくなければ、大勝ちしないことだ。
おっと待てよ、一つだけ必勝法があるな。賭場に残り続けることだよ。諦めの悪いヤツが、最後は必ず勝つ。」
優しくてスマートなお兄さんと思っていたが、最後だけ、ちょっと怖い顔をした。
僕の伯父さんは言った。
「私は正義のために戦ってました。車も通れないような狭い住宅地の境界線争いでも、ありゃ正義のためだったんです。そうでも考えなきゃ、やってられませんよ。」
伯父さんは引退した弁護士だ。事務所を継いだ僕の従兄は、依頼案件を債権回収に絞った。スタッフを雇い、データセンターも置いて、今やIT企業みたいだ。
「君はどう思うかね?」と、仙人さまが僕に水を向けて来た。その場の全員が僕の顔をまじまじと見た。
「スポーツは勝ち負けがハッキリしていると思われ勝ちですが、飽くまでもルールあってのスポーツなんです。ルールは第三者が決めます。つまり評価も第三者が決める。スポーツだけが特別と言う訳でもないんですよ。」
「追いつ追われつの生活はキツいだろう。私も胃に穴が開くような思いをしながら戦って来たからね。」
元弁護士の伯父さんが僕をフォローしてくれた。
「僕は楽しんでますよ。楽しくなきゃ、アマチュア・スポーツじゃないと思ってます。就職後は自分の楽しみのために、草野球チームに入ろうと思ってます。」
今度は軍人さんがフォローしてくれた。
「自分の楽しみのためか。それは良いね。でもプロであれアマであれ、プレッシャーのキツさは、おんなじだろう。そこの所は、どうやって切り抜けたんだい?」
僕は、ちょっと考えて、言葉を選んで答えた。
「負けるのは仕方ない。僕は負けを嫌わない。負けると言う考え自体が嫌いなんだ。そう自分に言い聞かせてました。」
軍人さんがニヤッと笑った。
「最後は戦争映画でシメてくれたね。お気づかいありがとう。それにしても、あんな古い映画の事を、良く知っていたね。」
「俗臭フンプンとして来たな。もう十分だろう。おまえたちの世界に帰れ。あと一週間だけ、風神と雷神を止めておいてやる。」
仙人さまは背中を向けて去って行った。ちょっとご機嫌を損ねたみたいだ。やっぱり僕たちは、救いようのない俗物なんだな。