三ヶ月以内に高得点をとりなさい
多くの文学好きが夢見る『作家』という職業……そんな夢を叶えるべく、文学専門学園『言鳴塾』には俳句、川柳コース、シナリオコース、小説コースの三コースが設けられてある。
俳句や川柳では五・七・五で組み合わせた文で創作する為、かえってハイレベルな分、歳時記等から学んだ言葉を上手く活用出来ればどんな人でもコツを掴める物だ。
シナリオではドラマやアニメ、舞台等の物語を登場人物と場面に区切るスタイルで、シンプルに流れを書いていく物だ。
小説ではストーリーを考えて、伏線等を部分的にはりながら登場人物の心境を一人称で書き進めていく物だ。
いずれのジャンルも難易度が高い分、成功してプロになればそれなりの人生を送る事が出来るのだ。
文章を書くのが好きな人が多いのは同然の事で、そこに通う生徒たちは全員本気でプロになる事を目指して文学を学んでいるのだ。
この日小説コースでは、緊張した空気が張り巡らされる中、生徒たちはソワソワした面持ちでとある人物を待っている。
「緊張するな……もうすぐここに、あの方が来られるんだよなあ……!」
「いよいよ、お会い出来るのよね。
原稿指導を受けた人を、必ず一人残らず人気作家へと導いてきたっていう、あの噂の……」
「大手出版会社『ルンルンノベルン』さんの敏腕編集であらせられる……」
「辺可撃さんが、ここに……!」
受講生一同、辺可撃の名を耳にしただけで、夢心地になった。
作家を目指している者ならば、彼の存在を知らない者などいやしない。
いるとしたのならば、それはもぐりだ。
『ルンルンノベルン』という大手出版会社との接触があるだけでも名誉な事なのに、そこの実力派の辺可撃からの講義を受けられる事が心から幸せだ。
〈カツ、カツ、カツ……〉
足音が聞こえ皆が静まる状況の中、教室のドアが開いた。
期待の視線を浴びているのに気にもせず入ってきたのが、噂の辺可撃本人である。
「待たせた……『ルンルンノベルン』から参った編集の、辺可撃だ。
今日の受講では、小説の基本的な書き方から上達法まで残す事なく、みっちりと指導していく」
厳しい眼差しで受講生たちを見つめる辺を前にして、皆の緊張は増していく。
「小説を書くにあたり、重要な事は斬新さと予備知識だ!
興味をそそる内容の作品を書く事は勿論、何らかの種目などをテーマにする場合、それに関する予備知識を正しく学ぶ事が必要となる」
文学についてを語る辺からは覇気が伝わり、作家を目指す者たちへ良い意味での刺激を与えてくれた。
「『ルンルンノベルン』をはじめ、多くの小説出版会社では応募作品の全てに点数がつけられる事は、皆知っているだろうと思う」
皆辺の説明をメモしながら、コクコクと頷いている。
「今現在執筆中の作品、もしくは過去作を手直しした物でも良い……。
新たに執筆した作品、短編でも長編でも構わないから三ヶ月以内に高得点をとる物を提出する事!」
「早速課題か!
うっし、書いてやるぞ!」
「ジャンルはどんな物でも良いんですかあ?」
「ああ、構わない。
SF、ミステリー、日常、ファンタジー、コメディー、何でも受け付ける。
原稿用紙枚数は自由、作品の数は何作でも受け付ける。
深い物一作書くも、深い物千作書くも自由……ただし、数を稼げば優作が生まれるなんて緩い考えで書いていたら、プロどころか、入賞なぞ……先ず不可能だ」
同然の事だが、プロへの道は険しいもの。
受講生は皆ゴクリと固唾を飲み、表情を強張らせる。
「点数は出版会社によって異なるだろうが、『ルンルンノベルン』での高得点は九十点以上……提出作品の評価は編集者、プロの作家が下す。
星10個在り、一つにつき、十点ずつつけられる。
九十点以上をクリアした者には担当がつき、執筆の指導を直接していく」
「おおおっ!
絶対クリアすんぞ!」
「担当……夢の担当!」
教室じゅうにざわめきが起こり、皆に期待の笑みが零れる。
「だが、目標点数以下だと原稿用紙五百枚以上の小説を書きあげて貰い、なおかつ……」
(他にどんな課題が……?)
緊張が最大に高まり、怯えに近い視線が辺へと注がれた。
「落第者全員、月替わりに一人ずつ最寄りの受講生の自宅を訪れて『〇〇さん、ガッコ行こ!』と云って、その相手は『ハアイ!』と答えて、横に並んで手繋ぎ&スキップでこの教室まで来る事」
教室が一気に静まり返った。
一同青ざめ、辺を見つめる。
「ちゃんと実行してるか、受講生全員を編集者、作家がマークして編集部に連絡を入れるぞ。
ずるした場合、連れ戻し初めからやらせる。
これを次回の課題日まで欠かさず続ける事」
(この罰は……きつすぎる)
(小三くらいまでは、普通にしてたけど……この年、しかも専門学園でそれは、きついな……)
(この人、本気で云ってる?)
「それが嫌なら、九十点以上の点数とる事!
落ちたら、地獄だぞ」
この課題……何が何でもクリアする!
受講生の心が一つになった瞬間だった。