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黒い旭日  作者: Reborn
20/24

20. 権力と忠誠の代償

夜の帳が降り、東京の摩天楼は光の中で一層冷たく輝いていた。ある目立たないオフィスビルの一室で、安徳伶奈は疲れた表情でデスクに座り、パソコンのスクリーンから放たれる光がその青白い顔を照らしていた。オフィスには彼女の他に、もう一つの影がいた——彼女の上司、田垣雄策だった。


「安徳君、この企画案はまだ細部の修正が必要だ。今夜中に最終版を見たい。」田垣雄策の声には、有無を言わせぬ命令の響きがあった。


伶奈は痛むこめかみを揉みながら、疲労を押し殺して言った。「部長、この企画案はもう三回も修正しました。全ての細部も確認済みです。明日の朝ではだめでしょうか?」


田垣雄策は直接答えず、伶奈の後ろに回り込み、両手を彼女の肩に置いて軽く揉み始めた。「安徳君、君は賢い女性だ。この会社では、断れないことがある、ということを理解しているはずだ。」彼の声は曖昧で、ねっとりとした響きを持っていた。


伶奈の全身は硬直し、心は奈落の底へと沈んだ。これは選択肢ではなく、彼女が逃れることのできない罠だと悟った。彼女は妥協した。この誰もいないオフィスで、権力と屈辱が絡み合い、彼女は再び田垣雄策の圧迫の下で尊厳を失った。


真夜中、伶奈は全身の疲労を感じながら家路についた。ドアを開けると、リビングは真っ暗で、いつもの明かりもなければ、息子である琢二の姿も見当たらない。


「琢二?」伶奈は小さく呼びかけたが、返事はない。何かおかしいと感じた。琢二ならこの時間には家にいるはずだ。リビングの棚に歩み寄り、黄ばんだ写真立てに目を落とす。そこには、彼女と息子、琢二のツーショットが収められていた。写真立てを手に取り、まだあどけない琢二の顔をそっと撫でながら、眉間に深い皺を寄せ、心に言いようのない不安が募った。


その時、携帯電話がけたたましい通知音を鳴らした。彼女がニュースを開くと、携帯電話の画面に大きく表示された見出しに、心臓が凍りついた:「反動高校生戸坂琢二、東京警視庁総監右田龍之の息子——右田亮二殺害の疑いで手配される。」


伶奈の体は揺れ、手から写真立てが落ちそうになった。彼女の涙はもう止められず、音もなく頬を伝い落ちる。彼女は写真立てを抱きしめ、床にしゃがみ込んだ。涙で視界が霞む。彼女の息子、安定した会社員になって、社会の闇から守りたかった息子が、なぜこんなことになってしまったのか?


新宮寺邸、書斎には葉巻の煙が立ち込めていた。新宮寺彰洋は書斎の机に座り、豪華な衛星電話を手に持ち、得意げな笑みを浮かべていた。


「もしもし、武一郎か。マンドフェル軍工だが、あんたが必要な軍需品は全て揃っているぞ。特に護衛隊青年兵用の新型アサルトライフルと軽装甲車は、品質には自信がある。きっと満足してもらえるはずだ。」新宮寺彰洋の声は、抑えながらも媚びへつらう響きが隠しきれず、親しげな口調だった。


電話の向こうから、金岩武一郎の低く威厳のある声が聞こえてきたが、今回はいくらか気安い調子だった。「ほう、そうか?彰洋、お前の手際は相変わらず見事だ。ところで、以前話したあの…交換条件だが、覚えているぞ。お前の息子の耕佑だが、最近どうしている?」


新宮寺彰洋の笑みはさらに深まった。「愚息の耕佑が、もし武一郎殿にお仕えできるのなら、これ以上の光栄はありません。」


「はっ、調子に乗るなよ。」金岩武一郎は鼻を鳴らして笑い飛ばし、「私が求めているのは使える人間と、それに値する価値だ。近いうちに奴を護衛隊に入れる手配をするから、お前も…お前の約束を果たすんだぞ、私をがっかりさせるなよ。」


「もちろんです、もちろんです!武一郎、ご安心ください。」新宮寺彰洋は何度も頷き、へりくだりながらも親しげな態度で答えた。


その時、書斎のドアがそっと開いた。高校から帰宅したばかりの耕佑が、カバンを背負い、疲れ切った様子で入り口に立っていた。彼は父親が電話に向かって、見たことのない媚びへつらうような興奮した表情を浮かべているのを見た。電話の向こうからかすかに聞こえる「武一郎」「首相閣下」という言葉が、彼の心を強く締め付けた。父親の電話の内容と、その顔の表情から、耕佑は瞬時に何かを悟った。


新宮寺彰洋は電話を切り、耕佑に目をやると、顔の笑みが瞬時に消え、いつもの厳格な表情に戻った。


「耕佑、金岩首相と話してきた。」新宮寺彰洋の声は低く、落ち着いていた。「彼は君のことを高く評価していて、護衛隊青年兵に推薦したいそうだ。」


耕佑の顔色が変わった。彼は護衛隊がどういう存在かを知っていた。それは金岩武一郎の私兵であり、高圧的な統治を実行する刃だった。しかも、彼の友である戸坂琢二が護衛隊に指名手配されたばかりだ。彼が父親を睨みつけ、目にわずかな疑念を浮かべながら言った。「父さん、僕をそこに送り込むのは…僕を取引の駒にしているんじゃないのか?」


新宮寺彰洋は軽く葉巻の煙を吐き出し、煙が立ち上り、彼の顔をぼやけさせた。彼は直接否定せず、落ち着いた口調で説明した。「金岩首相は、絶対に信頼できる人間を、彼の親衛隊に入れたがっている。その見返りとして、彼は私に閣僚入りする機会を与え、真の権力の中枢に関わらせてくれるのだ。」


耕佑は眉間に深く皺を寄せ、心の中に抑えきれない疑問が湧き上がった。「父さん、閣僚の人数はもう埋まっているはずだ。どうやって権力の中枢に入るつもりなんだ?」


新宮寺彰洋は軽く笑みを浮かべ、葉巻の煙を吐き出し、煙が立ち上り、彼の顔をぼやけさせた。「首相には彼のやり方がある。耕佑、権力とは流動的なものだということを知っておけ。時として、新しい人間に場所を空けるためには、古い人間を排除する必要があるのだ。」彼の声は軽かったが、その暗示は千斤もの重さがあった。


耕佑の顔色は再び変わった。彼は父親の真の意図を見抜いた——父親は自分を人質にして、金岩武一郎の信頼を得、彼が権力の中枢に入る道筋をつけようとしているのだ。そして、「大粛清」という言葉は、彼を震え上がらせた。彼は激しい葛藤を感じたが、父親の前では「ノー」と言う権利がないことを知っていた。


東京大学、卒業式会場。


学長は演壇に立ち、真っ白に糊付けされたガウンと角帽を身につけていたが、どこか落ち着かない様子だった。手にはスピーチ原稿を握りしめ、老眼鏡は鼻先にずり落ちていた。その声は単調で退屈で、用意された陳腐な演説文を読み上げていた。「…皆様、学生諸君、君たちは国家の未来であり、民族の希望である。我々は大和魂を胸に刻み、奮励努力し、実現のために…実現のために…」彼の口調はだらだらと続き、内容は空虚で、彼自身も苛立ちを感じているようだった。


壇下の学生たちは皆、居眠り寸前で、ひそひそ話が絶えず、中にはこっそり携帯電話をいじっている者さえいた。ざわめきが学長の声をかき消し、会場全体は混乱に包まれていた。貴賓席に座る金岩武一郎は、既に顔を蒼白にしており、腕を組み、不満げにその様子を見ていた。学長もまた、それを見て甚だしく気まずく感じていた。


金岩武一郎は隣の助手に鋭い視線を送り、頷いた。助手は意を汲み、すぐに学長の元へ歩み寄り、耳元でそっと囁いた。「学長、そろそろ時間です。首相閣下のお顔も…」助手は首相がすでに非常に不満であると、目で合図を送った。


学長ははっと驚き、顔が瞬時に赤くなり、額には冷や汗がにじんだ。彼は慌てて眼鏡を押し上げ、マイクに向かってぎこちなく言った。「あ、その…時間…はい、時間は貴重…」彼は緊張のあまりしどろもどろになり、視線を金岩武一郎へとさまよわせたが、その冷たい視線に、さらにどうしていいかわからなくなった。


その時、一人の若い男が、整ったスーツを身につけ、堂々とした足取りで演壇に上がった。彼は短く刈り込んだ髪をしており、その瞳には狂気じみた光が宿っていた。彼こそが藍沢卓司だった。彼は学長からマイクを受け取ると、学長は重荷を下ろしたかのように安堵し、額の汗を拭いながら脇に退いた。藍沢卓司はすぐに話し出すことはせず、壇下の学生たちを見回し、口元に軽蔑的な笑みを浮かべた。


「お前たちは自分が誰だと思っている?」藍沢卓司の声は大きくはなかったが、力に満ちており、騒がしかった会場は一瞬にして静まり返った。「未来の担い手だと?国家の希望だと?自分たちの姿を見てみろ!お前たちは責任とは何か、国家とは何かを全く理解していない!」


彼の口調はますます激しくなり、まるで火種が爆ぜるように、学生たちの心に火をつけた。「信仰なき民族は、いずれ世界から淘汰されるのみだ!我々の祖先は世界の誇りであったが、我々は今、この腐敗した平和の中で沈淪している!我々には共通の敵が必要だ!全ての日本人を団結させ、挑戦に立ち向かわせる敵が!我々の伝統を蝕む西洋勢力であり、我々の栄光を狙う韓国人である!彼らを共通の敵とすることで、我々の弱さを洗い流し、大和民族の強さを証明できるのだ!」


彼の演説は扇動的で、学生たちの感情は最高潮に達した。彼らはもはやひそひそ話すことなく、目を紅潮させ、大声でスローガンを叫んだ。この演説は、学長と金岩武一郎を満足させただけでなく、その場にいた全ての学生を熱狂させた。


演説後、藍沢卓司は舞台裏に戻った。金岩武一郎はすでにそこで彼を待っていた。


「藍沢君、見事だったぞ。」金岩武一郎は彼の肩を叩き、満足げな笑みを浮かべた。「お前の演説は、あの偽善的な政治家や無能な学者どもよりも力があった。お前、私の内閣に入らないか?」


藍沢卓司の目には、崇拝と敬意の光が宿った。彼はためらうことなく片膝をつき、きっぱりとした口調で答えた。「首相閣下、この命、あなたに捧げます!」


首相官邸の広々とした荘厳な応接室で、新宮寺耕佑は金岩武一郎と面会した。首相は机の奥に座り、その視線は全てを見透かすかのようだった。耕佑の心は葛藤と不安に満ちていたが、父親の利益のためには、選択肢がないことを知っていた。


「新宮寺耕佑、首相閣下にご挨拶申し上げます。」耕佑は深々と頭を下げた。その声には、わずかな震えが混じっていた。


金岩武一郎は手中の書類を置き、その顔に掴みどころのない笑みを浮かべた。「耕佑君、護衛隊青年兵に強い熱意があるそうだな?」


耕佑は顔を上げ、声が落ち着いて聞こえるように努めた。「はい、首相閣下。国家のために尽力いたします。」それが嘘だと知っていたが、そう言うしかなかった。


「よろしい。」金岩武一郎は頷いた。「護衛隊には君のような覚悟を持った若者が必要だ。君の父親も君に大いに期待している。」


耕佑は脇で拳を握りしめ、爪が手のひらに深く食い込んだ。父親との取引が成立したことを悟った。


「全身全霊を捧げ、首相閣下のご期待に沿えるよう努めます。」耕佑は再び頭を下げた。


金岩武一郎は立ち上がり、耕佑の前に歩み寄ると、彼の肩を叩いた。その力は強く、耕佑は一瞬痛みを覚えた。「今日から、君は護衛隊の一員だ。国家は君の忠誠を忘れないだろう。」


「はっ、首相閣下!」耕佑は重い圧力が肩にのしかかるのを感じた。彼は体を起こし、立ち去ろうと振り返った。


金岩武一郎の声が再び響いたが、そこには冷酷な響きが混じっていた。「護衛隊では、しっかり務めてもらいたい。我々には弱い人間は必要ないし、あの…道理をわきまえない『友』も必要ない。」


耕佑の体は硬直した。金岩武一郎が言外に意味を込めていることを理解した。それは、彼と戸坂琢二の関係に対する警告だった。彼は目を閉じ、深く息を吸い込み、全ての感情を無理やり押し殺した。彼はただ、いつか、戦場で、あるいはどこかの暗い場所で、指名手配された友である戸坂琢二と遭遇することがないようにと願うばかりだった。彼は黙って応接室を後にし、後ろで扉がゆっくりと閉まる音を聞いた。それは彼を外界から隔絶し、かつての友情もまた、少しずつ対立へと押しやる音でもあった。

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