19. 敵との合意
【時間:2032年、15年前】
夜は墨のように深く、宇都宮の山奥を流れる川で、松實は銃弾を受けて落下し、激流にその姿を飲み込まれた。情報部の特殊部隊は総出で、蛇行する川沿いを捜索し、最終的に川が注ぎ込む湖とその周辺の隅々まで調べ上げた。ドローンは夜空を旋回し、ソナーは川底を繰り返しスキャンしたが、夜が明けるまで、松實の姿はまるで石が海に沈んだかのように見つからなかった。
「長官、松實の姿は見つかりません。」隊員の一人が敬礼して報告した。
「生きていようが死んでいようが、奴を見つけ出せ!生きてる奴は死んでる奴よりも役に立つ!」長官は怒鳴った。
彼は智啓と洋右を睨みつけ、疑いの眼差しを向けた。「お前たち三人は兄弟同然だったな。まさか、お前たちが奴を逃がしたんじゃないだろうな?」彼の声は冷たく、問い詰めるような響きを持っていた。
智啓は無表情で直立し、きっぱりとした口調で答えた。「長官、そのようなことは断じてございません!しかし、もし松實が生きているのであれば、私が必ず探し出し、この手で処刑いたします。それが私の忠誠の証です。」彼の言葉は断固としており、感情が一切こもっていなかったため、長官は一時的に疑いを晴らした。
しかし、洋右は智啓のように冷静ではいられなかった。彼は目を伏せ、長官の視線から逃れるようにし、その心は葛藤に満ちていた。松實に手を下すことなど考えられず、智啓の今見せた冷酷さに心底から寒気を感じた。この世界では、感情が最大の弱点であることは知っていたが、かつての友誼がこれほど容易く捨てられることに、彼は窒息しそうになった。
仙台近郊の僻地の村で、松實はゆっくりと意識を取り戻した。ほのかな薬草の香りが鼻腔をくすぐり、彼は質素だが清潔な木のベッドに横たわっていた。傷は丁寧に手当てされていた。
体を起こそうとすると、全身に倦怠感が走った。一人の女性がベッドサイドに歩み寄ってきた。金色の短い髪をした、整った顔立ちの女性で、その瞳には計り知れない深みが宿っていた。松實は一目で彼女を認識した。彼女は松實と密輸された武器の受け渡しをしていた女スパイ、白岩紀世子だった。
「紀世子?なぜここに?誰がお前を寄越した?」松實は警戒しながら尋ね、その声には信じられないという困惑が混じっていた。彼は組織に追われ、かつて復興党のために武器を密輸していたスパイである紀世子が、なぜ自分を助けたのか理解できなかった。
女性は直接答えず、小さな電子機器を取り出し、軽くタップすると、当時のNHKニュースの報道が画面に映し出された。画面には野島郁美が、当時の新政権である復興党の独裁体制を激しく非難する様子が映っていたが、すぐにアナウンサーに遮られ、「反社会分子」というレッテルを貼られた。
「どうやら、あなたの友人は理想のために戦っているようね。」紀世子は静かに言った。
松實の心臓がどきりと音を立てた。紀世子の意図を察し始めていた。彼女はゆっくりと窓辺に歩み寄り、遠くの緑豊かな山々を眺めた。それから松實の方に振り返り、その目に視線を合わせて、静かで真摯な口調で現在の状況を明かした。「私の名前は白岩紀世子。日米の二重スパイよ。」
彼女は松實に自分の過去を打ち明けた。15年前、復興党が内戦を起こした際、彼らは日本国民に豊かで自由な生活を取り戻し、腐敗した旧政府を排除すると誓った。当時、「ノーマン・フリードリヒ」というアメリカの軍事会社で働いていた紀世子は、旧政府の無能さに嫌気がさしており、彼らの言葉を信じた。それで彼らに加わり、スパイとして武器を密輸し、彼らが内戦に勝利するのを手助けした。しかし、復興党が政権を握ると、全ての約束は嘘と化し、彼らが築いたのは残酷なファシストの恐怖政権だった。紀世子は復興党に完全に失望し、あるきっかけでアメリカ中央情報局のメンバーと接触し、投降した。現在、彼女はCIAのために働き、その目的は現在の日本政府を崩壊させ、真の自由と正義のために戦うことだった。
「この村は、私たちのレジスタンスのための拠点よ。」紀世子は松實を村の裏手にある隠れた入り口へと案内した。
湿った冷たい階段を下りていくと、最後の扉が開かれ、目の前には広大な地下軍需倉庫が広がっていた。山と積まれた銃器、弾薬箱、そして様々な最新の軍事装備が整然と並べられていた。空気中には、ほのかな火薬の匂いと金属の冷たい匂いが漂っていた。
「これらは全て『ノーマン・フリードリヒ』から密輸された武器よ。私たちはここで秘密裏に集めて貯蔵し、好機を待っているの。」紀世子は周囲を指差しながら、断固とした表情で言った。「この村の住民も、私たちを信頼するレジスタンスの仲間よ。彼らはいつでも準備ができていて、合図一つで立ち上がることができるわ。」
松實はこれまでにない衝撃を受けた。こんな一見すると平和な僻地の村に、これほど巨大な抵抗勢力が隠されているとは夢にも思わなかった。彼はニュースで郁美が非難されていた映像や、彼女の熱のこもった演説を思い出し、彼女の信念が本物だと確信した。彼は彼女を見つけ出し、ここで見たこと全て、そして紀世子が提供できる援助を、彼女に伝える必要があると感じた。
松實はニュースで郁美の反復興党、反専制的な言論を見て、彼女が民主主義と自由のために戦っていると確信した。まもなく、松實は特別なルートを通じて郁美を見つけ出した。郁美は質素なカフェで、ほぼ冷え切ったコーヒーを前に一人座っていた。松實は彼女のテーブルに近づき、軽くテーブルを叩いた。
郁美は顔を上げ、一瞬警戒の表情を見せたが、松實だとわかると眉をひそめた。「あなた?どうして私がここにいると?」
松實は多くを語らず、懐から何の変哲もないカードを取り出し、郁美の前にそっと滑らせた。カードには、一見ランダムに見える数字の羅列と簡潔な住所だけが書かれていた。
「これは何ですか?」郁美はカードを手に取り、不審げにその内容を眺めた。
「チャンスだ。」松實の声は低く、落ち着いていた。「日本に真の変革をもたらすチャンス。君の理想を知っているし、君が負っている重圧も知っている。この場所は、君と自解党に、必要な力を与えるかもしれない。」
郁美の瞳には探求の光が宿り、彼女は松實を見つめ、その深遠な目からさらなる情報を読み取ろうとしているようだった。彼女は松實に関する過去の様々な噂を思い出し、心に疑問はあったものの、このカードがただならぬものだと直感した。
「なぜ私を助けるのですか?」郁美は尋ねた。
松實は答えず、ゆっくりと立ち上がった。「いずれわかるだろう。このカードに書かれた住所が、君たちが支援を求める場所かもしれない。」そう言うと、彼は去っていった。郁美は一人、そのカードを握りしめ、何かを深く考えていた。これが、郁美が後に「平将門行動」で利美に渡すことになるカードだった。松實の目には、ここが支援を求める場所であるという明確な暗示が込められていた。
【時間:2047年、「平将門行動」当日】
場面は東京へと切り替わる。板橋高校の門前では、護衛隊の青年兵たちがデモ隊を狂ったように鎮圧し、銃声、悲鳴、混乱の音が入り混じっていた。綾香利美は恐れおののく抗議者たちを連れて街頭を走り、一筋の活路を見つけようとしていた。
彼らが護衛隊の装甲車に包囲されようとしていたその時、何台かの目立たないトラックが角から突然現れ、彼らの目の前に停車した。荷台は開いており、まるで彼らを待っているかのようだった。これらのトラックの車体は特殊な対探知塗料で覆われており、監視カメラにはステルス戦闘機のように映らず、何の痕跡も残さなかった。松實は行動前にこのような混乱を予期しており、あらかじめこれらの車両を用意して待機させていたのだ。
「早く!乗れ!」一台のトラックの運転席から、松實の部下らしき荒々しい声が聞こえた。
利美は考える間もなく、即座に群衆を連れてトラックに飛び乗った。ドアが閉まる瞬間、まるで別の世界に入ったかのように、外の混乱と血生臭さが遮断された。車内は真っ暗だったが、圧迫感は少し和らいだ。何人かがまだ息を切らし、すすり泣く声も聞こえた。
「これは……何の車?私たちは安全になったのでしょうか?」若い声が震えながら尋ねた。
利美は車の壁に寄りかかり、加速する車の振動を感じながら、一時的に安全になったことを悟った。彼女は周囲を見渡し、車内の人影を懸命に確認した。
「一時的にね。」利美は簡潔に答えた。その声には、わずかな疲労がにじみ出ていた。「この車には特殊な装置がついているから、追いつけないわ。」彼女は、この手配が、あのカードの裏に隠された「ヒント」によるものであることを心の中で理解していた。
トラックは都市の迷宮を縫うように走り抜け、全ての警察と護衛隊の探知を回避し、彼らを安全に自解党本部まで送り届けた。
数日後、利美は郁美が「平将門行動」の際に渡したカードに記された住所に従い、仙台近郊のその僻地の村を訪れた。山道を歩いて村に入ると、住民たちの生活は質素だが、誰もがその目に、揺るぎない強さと警戒心を宿していることに気づいた。
村人たちは彼女が自解党の人間だと知ると、村にある質素な木造の家へと案内した。家の中には、白い顎鬚を蓄えた中年男性が、猟銃を拭いていた。利美の心臓が激しく脈打った。その見慣れた姿は、歳月を経て多少老けていても、一目でそれが自分と両親の仇である松實だと分かったのだ!
「あなた!」利美は狂ったような叫び声を上げ、その目には燃えるような憎悪の炎が宿っていた。彼女は松實に猛然と飛びかかり、彼をバラバラに引き裂こうとした。
「落ち着いて!利美!」冷たい声が響き、紀世子が飛び出してきて、必死に利美を抱きしめ、松實から引き離した。
利美は紀世子の腕の中で激しくもがいたが、最終的には抑えつけられた。彼女は荒い息を吐きながら、充血した目で松實を睨みつけた。かつて涙に満ちていたその目は、今は純粋な憎しみだけを宿していた。
松實は逃げも隠れもせず、ただ静かに利美を見つめていた。彼の目には恐れはなく、深い後悔だけが宿っていた。
「わかっている。君は俺を憎んでいる、殺したいほどにね。」松實はゆっくりと口を開いた。その声はかすれていて重く、目に深い苦痛が浮かんでいた。「当時の俺は、ただの復興党の犬、魂のない殺人機械だった。俺が犯した罪は、償うことなどできない。」
松實は深く息を吸い込み、続けた。「この何年もの間、俺は苦しみの中で生きてきた。復興党の暴挙をこの目で見て、彼らが築いたのは理想郷なんかじゃなく、地獄だと知った。俺は彼らに完全に失望し、もうあの政権のために働くのは嫌になった。だからこの道を選んだんだ。冷酷な特務機関員から、罪を償うことを願うレジスタンスへとね。」彼は一瞬言葉を止め、隣に立つ紀世子を見た。「紀世子は俺の連絡員だ。彼女は自分の正体を君に話したはずだ。この村には、巨大な地下軍需倉庫が隠されている。ノーマン・フリードリヒから密輸された武器が山と積まれている。そして、全ての村人が準備を整え、自解党の指示を待っている。我々には十分な武器と人員がある。君たちに支援を提供し、この腐敗した政権に共に立ち向かうことができる。」
利美は松實の懺悔を聞き、その目に隠しきれない苦痛と真摯さを見た。憎しみは心の中で燃え盛る炎のようだったが、同時に、自解党が置かれている窮状も明確に理解していた。彼らの力は弱く、援助を必要としていた。今が個人的な復讐をする時ではないこと、そして国民の運命が個人的な恨みよりもはるかに重要であることを、彼女は知っていた。最終的に、利美は深く息を吸い込み、その骨身に染み付いた憎しみを一時的に心に押し込め、人生で最も困難な決断を下した。
「わかった、あなたと協力しましょう。」利美は冷たく言った。その声は怒りを抑えつけていたが、異常なほどはっきりと響いた。「でも、それは私があなたを許すということではない。革命が成功したら、私はこの手であなたを法廷に引き出し、両親の復讐を果たすわ。」
松實は何も言わず、ただゆっくりと、しかし確固たる表情で頷いた。彼の声は重かった。「わかっている。それが俺に課せられた償いだ。」
紀世子の証言のもと、自解党と村のレジスタンスは正式に合意に達し、新たな同盟を結成した。『黒い旭日』の影の下で、より激しく、より深遠な嵐が、静かに醸成されつつあった。