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黒い旭日  作者: Reborn
11/24

11. 導師

「厚至くん、今日の宿題は何かな?」浩大は8歳の少年と家庭教師の授業をしていた。


「今日、作文をお願いします、澤下先生」と厚至が言い、紙とペンを取り出した。


作文のテーマは「最も輝かしい瞬間」で、自由度の高い題目だった。


浩大は少し考え、「厚至くん、何が一番好き?どんなに忙しくても時間を割いて、いつも夢中になるものは?」と尋ねた。


厚至は考え、「サッカー!毎日、授業中、食事中、夢の中でもサッカーのこと考えてます!サッカー選手になりたい!」と答えた。


「じゃ、サッカーについて書こう!」と浩大。


「でも、先生はサッカーをする子は悪い子だって。時間があるなら勉強して、本を読むべきだって。作文を良くするには、試験で高得点取ったとか、学習進歩賞や品行賞とか書けって。でも、僕、そんな経験ない…」と厚至はしょんぼりと言った。


「厚至くん、試合を見るとき、どの選手も同じ技術、同じ顔だったら面白いの?」と浩大。


「もちろん面白くないよ!選手はそれぞれ独自の技や強みがあって、それが魅力で試合が面白いんだ」と厚至。


「じゃ、なんでクラスのみんなと同じ作文を書こうとするんだ?サッカーが大好きなのがお前の個性だろ!」と浩大。


「そうだ!じゃ、サッカー書く!」と厚至。


少年が熱血にペンを握り、書き始めようとしたとき、ふと心配事が浮かんだ。


「でも、サッカーで賞を取ったこともないし、ママにサッカー教室にも行かせてもらえない。放課後に友達とこっそりやるだけだから、輝かしい瞬間なんてないよ」


浩大は突然大笑いし、厚至は困惑した。


「バカだな、輝かしい瞬間って偉大なことや成果が必要じゃない。どんな小さなことでも、一瞬誇らしく感じたら、それで十分輝いてるんだ」と浩大は厚至の肩を叩いて言った。


「そうだ!先週、友達とサッカーして、ドリブルでディフェンスを抜いて、ゴール決めたんだ!」と厚至が興奮して言った。


「それを書けよ」と浩大。


厚至はペンを握り、意気揚々と作文に没頭した。こんなに夢中で宿題をしたのは初めてで、横で浩大は満足げな笑みを浮かべた。


厚至が作文に熱中していると、母親がドアを勢いよく開けた。


「厚至、醤油が切れたよ。補習が終わったらスーパーで買ってきなさい」


「でも、ママ、補習終わったら遅いよ!」


「言い訳は聞かない。買ってこなかったら今夜は飯抜きよ」


そう言うと、母親は厚至の返事を待たずドアを閉め、居間に戻り、不機嫌な少年を残した。


その時、浩大はクローゼットの上に置かれたサッカーボールに気づいた。椅子をクローゼット前に置き、立ち上がってボールを取った。


「澤下先生、何してるの!」


「シーッ」と浩大は人差し指を唇に当て、静かにするよう合図し、ボールをバックパックに入れた。


「サッカーってこっそりやるって言ったよな?後で醤油買いに行くのがチャンスだ」と浩大は小声で厚至に言い、厚至は意図を理解してニヤリと笑い、作文に再び熱中した。


約30分後、厚至は宿題を終え、興奮して浩大と部屋を出た。


「ママ、宿題終わった!醤油買いに行く!」と厚至が弾んだ声で言った。


「澤下先生、ありがとう。今日の報酬よ」と厚至の母親は2000円を浩大に渡した。そして厚至に厳しく、「醤油買ったらすぐ帰ってきな。外で遊び回ったらただじゃおかないよ」と。


「はい…」


「澤下先生、彼を見ててくださいね」


「大丈夫です、ご安心を。じゃあ、和沢夫人」と浩大。


「行ってきます、ママ」と厚至。


二人は家を出て、目を見合わせ、ニヤリと笑い、グラウンドへ走った。


グラウンドで二人は夢中でサッカーをした。厚至は作文の通り、サッカーに完全に没頭した。浩大は大人で体格も大きいが、技術では厚至が勝り、浩大を何度も出し抜いた。もちろん、浩大が手加減した可能性もある。


夕陽の下、二人は夜になるまで遊び続けた。


「もう7時近いぞ。帰らないとママに怒られる」と浩大が息を切らして。


「うー、しょうがない…」と厚至はボールを拾い、拭いてバックパックに入れ、名残惜しそうに去った。


「やば!醤油買い忘れた!」と厚至が振り返って慌てて言った。すると浩大が近づき、1000円を渡した。


「醤油そんな高くないよ」


「分かってる。残りは小遣いにしろ」と浩大。


「でも、澤下先生、僕に教えて2000円しか稼いでないのに…」


「持っとけ!今日お前はいい子だった、当然だ」と浩大。


「ありがとう、澤下先生、最高!」と厚至は涙目で浩大に抱きついた。


「ママに言うなよ、没収されたら俺のせいじゃないぞ」と浩大は笑って。


二人はそこで別れ、遠くまで歩いても笑顔で手を振った。厚至の目には涙が光っていた。


「今夜もカップ麺か」と浩大は振り返り、苦笑いで呟いた。


浩大は寝室で絵を描いていた。外科医のように慎重に筆を紙に当て、精緻な作品を作るため、ミスは許されなかった。


「チン」とチャイムが鳴ったが、浩大はすぐには動かず、筆を紙の中央から端までゆっくり動かした。1ストローク終えてから筆を置き、ドアに向かった。


ドアを開けると、いつもの顔――琢二が制服姿で立っていた。外はすでに暗かった。


「戸坂君、また居残りか?」と浩大。


「うん、もう慣れたよ」と琢二。


「入れよ」


琢二は家に入るとまず浩大の寝室に行き、絵を眺めた。


浩大はドアを閉めて寝室に入り、琢二が絵に見入っているのを見て、思わず笑った。琢二は気づいて我に返った。


「ごめん、澤下先輩、許可なく入っちゃった」


「いいよ、芸術への情熱の証だ。まだ完成してないけど、ほぼできてる。どう思う?」


琢二は改めて絵を観察した。和風水彩画で、背景は大正時代の学堂。教師が生徒を叩き、傷だらけの中学生が苦痛に顔を歪めていた。他の生徒は教師の行為を見て、誰も声を上げず、ちらっと見る者もいれば、目を逸らし、目の前の試験に集中する者もいた。


「すごい!初めて澤下先輩が教育題材を描いたの見た」と琢二は絵に見入ったまま言った。


「分かったか?」


「もちろん!大正時代の教室だけど、今の日本の保守的で時代遅れな教育制度を皮肉ってる。教師は厳罰で生徒を扱い、心が未熟な生徒にトラウマを残し、硬直した教育は試験のために勉強させるだけ。生徒の学びの興味を引かず、興味ない科目を強制し、本当の才能を潰してる!」と琢二は興奮し、浩大は共感しながら見つめた。


「ごめん、言いすぎた」と琢二は恥ずかしそうに。


「なかなか感じるところがあるな」と浩大。


「そりゃ、毎日こんな生活してるから…」


「この無関心なクラスメイト、誰を表してると思う?」


「仲間が虐待されても黙り、見ず知らずの人たちだ。彼らも体制の加害者だ。クラスメイト、教師、親とかだ。文部省が不合理な体制で生徒を搾取するのを黙認してる。優秀な生徒は劣等生の犠牲で地位を得る。教師は成績だけで生徒を評価。他の生徒は反抗せず、平凡な社会のネジとして体制に奉仕し、悪に加担する」と琢二。


「『凡庸の悪』って知ってるか?」


「何それ?」


「今お前が言ったような人、腐敗した体制のネジだ。アメリカの政治理論家ハンナ・アーレントの『エルサレムのアイヒマン』で、平凡で普通の人が善悪の判断を放棄し、権威に服従することで極端な悪を引き起こす。社会のほとんどの人は楽だから『凡庸の悪』を選ぶ。権威に従い、思考しなくていい。ただ、ネジの等級が違うだけだ。でも俺はそんな人を非難する気はない。むしろ彼らの無力さに同情する。興味があれば原著を読んでみろ。センシティブな内容で発禁かもしれないけど」


「彼らは無力じゃない、向き合う勇気がないだけだ」と琢二。


「戸坂君、お前なら何ができる?」


琢二は少し考え、表情が重くなり、頭を下げて恥じ入った。


「何もできない。学校のいじめっ子にも立ち向かえない。結局、俺は自分が一番嫌いな人間だ」


「嫌いなら変えろ。勇気を出して反抗しろ。権力に怯むな」と浩大は琢二の肩を叩き、目を大きく見開いて言った。


二人は気づけば夕食の時間まで話し込み、琢二は急いで帰宅し、浩大と別れた。


「澤下先輩、急に教育題材を描いたの、どこから来たインスピレーション?」と琢二は靴を履きながら尋ねた。


「最近、小学生の家庭教師してるんだ。サッカーが大好きだけど、腐った教育体制と親の圧力で発展の機会がない。それでこの題材を思いついた。でも教育制度批判の作品は投稿できないだろうな」


「可哀想だ…でも、澤下先輩は仕事見つけたんだね」


「バイトだよ。たいして稼げない、ギリギリ生活できるだけ」


「大丈夫、澤下先輩みたいな絵の天才は絶対成功するよ!いつか国立美術館に飾られる。正義は必ず勝つ!」と琢二は拳を挙げ、浩大は笑った。


「お前、ほんと俺を高く評価するな。さ、帰らないと飯食えないぞ」


「じゃあ、澤下先輩」と琢二は急いで家に走りながら、浩大に手を振った。


琢二が去り、浩大はドアを閉め、頭を上げてため息をつき、寝室に戻って絵を描き続けた。


「チン」と和沢家のチャイムが鳴り、浩大が外で待った。


10秒後、和沢夫人がドアを開け、いつも厚至が開けるので浩大は驚いた。


「厚至くん、まだ帰ってないんですか?」と浩大が不思議そうに。


「宿題の出来が悪すぎて、今、学校の補習クラスにいるのよ」


「え?でも、この時間に家庭教師の約束だったはず…でも、いいです、帰るまで待てます…」


「いいえ、もう来なくていい。あなたが教えた作文で0点取ったから、補習クラスに通うことになったの」


「そんなはずない、彼、ちゃんと書いてた。テーマに沿って、文もスムーズで…」


「先生に聞いたわ。サッカーは悪い子がすること、この年頃は真剣に勉強すべきなのに、あなたは我が子を唆してサッカーさせた。問い詰めたら、醤油買いに行って遅く帰ったのはあなたとサッカーしたからよ。厚至のサッカーボールは捨てたわ。今、彼は真剣に勉強してる。あなた、教育の恥よ。もう人を害さないで」と夫人。


「あなたみたいな親のせいで、日本に学生の自殺が多いんだ…」と浩大は顔を曇らせ、小声で。


「何ですって?」


「母親として、子の興味を育てず、夢を摘む。あなたみたいな親が多すぎるから、子供の頃に才能を伸ばせず、大人になって子供を責める。恥なのはあなたたちだ!」と浩大は興奮して。


「子供に興味なんていらない。勉強だけでいい。さ、帰って。私は子育ての指図はいらないし、あなたの顔も見たくない」と夫人。


和沢夫人はドアを強く閉めた。浩大は黙って門前に立ち、表札を見つめた。しばらくして首を振って去り、道で「くそくらえ!」と叫んだ。


「館長さん、お願い、もう一度考えてください。この絵、めっちゃ真剣に描いたんです」


浩大は美術館でバロック風の絵(天使が男たちを踏みつけ、男たちが苦痛で叫ぶ)を持ち、館長に作品の収蔵を懇願し、館長の後を追った。


「みんな真剣に描いてる。君に何が特別なんだ」と館長は目を合わせず歩き続けた。


「お願い、試させてください。いろんなスタイル描けますよ、浮世絵、古典主義、フォトリアリズム…なんでも」と浩大。


館長は軽蔑して笑い、立ち止まり、振り返って、「何時代の人間だよ?そんな古臭いスタイル、誰も使わない」と。


館長は浩大を美術館の作品の前に連れ、「これが若者が好きなアートだ。複雑で分からない古臭いものじゃない」と、七色の絵の具が紙に乱雑に塗られ、中央から下に流れ、意味不明な絵を指した。


「じゃ、このスタイルと意味を教えてください、館長さん」と浩大。


「え…とにかく現代アートだよ!変な質問するな。展示したかったらこういうスタイルで描け。自分が特別だと思うな、笑えるよ」と館長は去った。


浩大は茫然と立ち、意味不明で同じような奇妙な作品を絶望的に見た。それらには解説プレートすらなかった。


「なんで世界がこうなった…」


浩大は麻縄を輪に結び、居間の電灯に吊るした。


「俺たちの先祖が俺たちのこんな姿を見たら」


浩大は縄の下に椅子を置いた。


「後代も同じ苦しみを味わうなら」


浩大は椅子に立ち、首を縄に通した。


「大丈夫、澤下先輩みたいな絵の天才は絶対成功するよ!いつか国立美術館に飾られる。正義は必ず勝つ!」と琢二の言葉を思い出した。


「失望させたよ、戸坂君、正義が来ることを願ったよ」


浩大は椅子を蹴り、苦しみながら体を揺らし、口から泡を吹いた。30秒も経たず息絶えた。


部屋には遺体だけが残り、微風が吹き込み、浩大の体は居間に吊られ揺れていた。これが彼にとって最高の作品かもしれない。


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