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どれも似た顔

作者: 雉白書屋

「どれも似た顔で見分けがつかな」


 と、そこまで声に出した父親はあっ、と思った。

 夜。自宅のリビング。温め直した惣菜のコロッケを箸でつつきながら、ふと思い、口にしただけのこと。

『仕事で疲れていて、ついちょっと本音が……』と刹那の瞬間に思い浮かんだその下手な言い訳を口にする間もなく、一、ゼロのカウントでくる。しかし、したところできっと逆効果であっただろうから、それはそれでよかったと言えよう。


「は? はぁ!? 似た顔って全然違うからぁ! それおっさんがよく言うやつだよ!」


 凄まじい剣幕の娘に、父親は思わず仰け反った。そして『おっさん』という言葉の響きにひっそりと傷つく。

 

「はぁーぁ、ほんっっとわかってないね! ほらよく見て! 今映ったのがジュンでああ、ほら、彼がミッツでミキちゃんの推しね!

で、きゃぁ! レン様!」


 ミキちゃんというのは多分、娘のクラスメイトか誰かだろう。いや、もしかしたら別のアイドルか何かかもしれない。いや、ないか。

 なんにせよ、テレビに食らいつく娘には聞くことはできず、父親はキャベツの千切りをムシャムシャと頬張り、その音と苦みで先程の未だ耳の奥に残る、おっさんという言葉の響きを彼方へ追いやろうとする。

 歌番組。男のアイドルグループ。妻が、『あの子、今これにハマっているのよ』とグループ名を口にしていた気がするが、まったく思い出せない。おまけにそういうことは多分、三回くらいあった。

 なんたらというグループのなんとかという名前のやつが好き。

 仕事の空き時間に、ふとネットで調べたことがあった。二回。でも二回とも同じような顔のやつが検索にヒットした。

 だから多分、今娘が名前を叫んでいる奴もそれと同じ系統の顔だろう。

 そう思った父親は娘に聞かれないように(夢中なため必要ないだろうが)静かに溜息を吐き、ビールを喉の奥に流し込んだ。

 

「ほっんと、レンさま神……」


 曲終り、引き画でポーズを決める男たち。スタジオの観覧客だろう、女たちの拍手と嬌声が飛ぶ。

 どれも似た顔じゃないか。神がそんなにいてたまるか。いや、神はたくさんいるか。八百万神と言うし。まあどうでもいい。

 と、父親は口を曲げ、手を伸ばした。


「ん? うへぇ、お父さん。コロッケにケチャップかけて食べるの? てか、かけすぎ! うわぁ」


「残念、こっちはメンチカツでしたぁ!」


「いや、メンチカツもケチャップとかないから」


「いや、ハンバーグにケチャップかけるだろ? ひき肉で作るんだからそれと同じだよ」


「いやいやいや、お父さん。そんなこと言って何にでもケチャップかけるじゃん。揚げ物はソース。それか塩でしょ。はぁー、子供舌なんだから……。もっと素材の味をねぇ」


 指を顔に当て、やれやれといった表情をつくる娘。

 素材の味を……か。と、父親は口にしかけた言葉をビールで塞いだ。


「……お、あの子。お前に似てないか?」


「え? ああ、この子でしょ! リンミーね! ふふふっ!」


 代わりに出た言葉に娘は、テレビ画面を指で突き、はしゃぐような声を出した。


 ……俺が言ったのはその子じゃなかったんだがな。

 次の出番だったのだろうテレビに映る女性アイドルグループ。父親の目には、どの女の子も同じ顔にしか見えなかった。そして、自分の娘もまた、それと同じ顔に。


 整形時代と呼ばれる今。

 素材の、自分の顔とかけ離れた顔に似せたため、表情筋も動かしづらくなっても、それで幸せだと娘が思えるのならと、父親は苦いキャベツを口の中に放り込んだ。

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