7 真実
しばらくして、フレイアの専属侍女がやってきた。
緊張しているのか身体はブルブルと震えていて顔色も悪い。
しかし、今はそんなもの気にしている場合ではなかった。
私は目の前で顔を青くしている侍女に尋ねた。
「フレイアには講師を付けたはずだろう?何故あんなに礼儀がなっていないんだ?」
「そ、それは……」
私が尋ねると侍女は言いにくそうな顔をした。
質問をしただけなのに何故こんなに怯えているのか分からない。
何か私に言えないようなことでもあるのだろうか。
「私は事実を知りたいのだ。本当のことを全て教えてくれ」
私が優しめの口調でそう言うと、侍女はようやく口を開いた。
「……フレイア様が講師の方たちを全員追い出してしまったからです」
「な、なんだと……?何故だ……?」
私は侍女の言葉に絶句した。
(フレイアが私の宛がった講師たちを追い出しただと……?)
侍女は私から気まずそうに視線を逸らして言った。
「フレイア様はマナーの授業についていけなかったようで……」
「それでも私の許可なく辞めさせるなど……!」
王が宛がった講師を追い出す権限などもちろんただの愛妾にすぎないフレイアにはない。
それにマナー講師はみな貴族のご婦人だ。
(平民が貴族を追い出すだなんて……!)
そう思ったものの、侍女が次に発した言葉で私は自分がいかに愚かなことをしたのかを思い知ることとなる。
「……フレイア様は陛下の寵愛を笠に着てマナー講師の方を追い出したのです」
「……」
(あぁ、なんてことだ……)
私は頭を抱えた。
「王宮を出て行かなければ嫌がらせを受けたと陛下に言いつけると……陛下がフレイア様を寵愛していることは貴族の間では周知の事実でしたので……」
それでマナー講師は王宮から出て行ったのか。
それなら納得だ。
誰だって国王に目を付けられたくないだろうからな。
「……そう、だったのか……」
私はガックリと項垂れた。
まさかフレイアが王宮でそんなことをしていたとは、まるで知らなかった。
「……それなら何故、私に言ってくれなかったんだ」
私はボソリと呟いた。
平民であるフレイアが貴族を脅迫するだなんてどう考えてもおかしい。
彼女たちもそれくらいは分かるはずだ。
私にそのことを言ってくれれば……
私がそんなことを考えていると、後ろにいた侍従が私に対して口を開いた。
「……失礼ですが、陛下。講師たちがそれを言ったところで陛下は信じたんでしょうか?」
「え……?」
私は侍従の方を振り返った。
侍従は真顔で私を見下ろしていた。
「何を言って……そんなの信じるに決まって……ッ!?」
信じるに決まっている。
私はそれを最後まで言い切ることが出来なかった。
確かに今の私なら彼女たちの言葉を信じていただろう。
しかし、以前の私なら……?
フランチェスカが亡くなるまでの私はフレイアに盲目的だった。
フレイアの願いは何だって叶えていたし、彼女の言うことは全て正しいのだと本気でそう思っていた。
そのとき、私の脳裏に恐ろしい記憶が浮かび上がった。
それはいつものようにフレイアの部屋で彼女と過ごしていたときのことだった。
『レオン様ぁ~!』
『何だい?フレイア』
『レオン様、私王妃様になりたいんですっ!』
『王妃に……?』
『はい!レオン様は私の願いを何だって叶えてくれますよね?』
『王妃か……分かった、貴族たちに話してみよう』
しかし、その後の会議でそのことを口にしたところ、宰相を始めとした貴族たちの猛反対にあった。
『陛下!!!どうかそれだけはおやめください!!!』
『そうです!それを認めるわけにはいきません!』
『あの方が王妃となるのならば私はこの国を出て行きます!!!』
『な……!お前たちフレイアに対して無礼だぞ!』
あのときはフレイアを王妃とすることに猛反対した貴族たちにイラついたが、今思えば彼女に王妃など務まるはずがない。
大体平民が王妃などありえない。
それを知っていたから私はフレイアを愛妾にしたのだ。
しかし、あのときはフレイアがそれを望むならばその望みを叶えてあげたいと本気でそう思っていた。
(……私は何て愚かだったのだ)
以前の自分の思考にゾッとした。
「……それでは、フレイアは普段何をして過ごしているのだ?」
私は一旦考えるのをやめて、ふと気になったことを尋ねた。
愛妾は王妃と違って公務に携わることも無い。
だからこそ気になった。
フレイアは私が執務をしている時間何をしているのだろうかと。
「市井に下りて買い物をすることが多かったかと……」
「買い物……?」
一体どんなものを買うというのか。
必要なものは王宮に全て揃っているはずだ。
「ドレスや宝石をご自身で選びたかったようです。……フレイア様は講師の方を辞めさせてからはずっと遊んでおりました」
「……」
私は言葉が出なかった。
(フレイアがマナー講師を追い出し、遊びまわっていたとは……何故私は五年もの間、それに気づかなかったのだろう?)
侍女の前だというのに、私はハァとため息をついた。
「もう下がっていい」
その一言で、侍女はすぐに部屋から出て行った。
「フレイア……」
顔色の悪い私に、侍従が呆れたかのように声を掛けた。
「何を今さら……フレイア様の本性に気づかなかったのは陛下くらいでしょう」
その声は非常に冷たかった。
心の底から私に呆れ果てているのだろう。
「……みんな知っていたのか」
「ええ、王宮にいる人間ならみんな」
(ははは、気づいていなかったのは私だけだったのか……)
本当に、私は何て愚かだったのだろう。
後悔してももう、フランチェスカは戻ってこない。