54 仕組まれた出会い
それから私たちは場所を変えてクロードから話を聞いた。
執務室で私とクロードは向かい合って座り、私の後ろにはヴェロニカ公爵が控えた。
「クロード、知っていることを全て教えてくれ」
「はい、私は十二歳の頃にレスタリア公爵様に拾われました」
私の言葉にクロードはポツリポツリと語り始めた。
表情をまるで変えずに話しているため、今彼が公爵についてどう思っているのかは分からない。
「それからは公爵様に様々な教育を施されました。礼儀作法やマナーはもちろん、文字の読み書きなども……」
「……フランチェスカの筆跡を真似て手紙を書いたのはお前か?」
私はギロリと鋭い目つきでクロードを見た。
「…………も、申し訳ありませんでした」
その厳しい視線にクロードは一瞬ビクリとしてすぐに頭を下げて謝罪した。
「……まぁいい。今はレスタリア公爵を倒す方が先だ」
彼はおそらく私よりもレスタリア公爵家についての情報を持っている。
あの男を倒すうえでクロードの情報が重要になってくるだろう。
私はそう思いながら詳しいことを尋ねた。
「フレイアについて何か知っていることはないか?」
私のその問いにクロードはきょとんとした顔になった。まるでそんなことを聞かれるとは思ってなかったとでもいうかのような顔だ。
「公女様ですか……?公女様は……今から十年近く前にレスタリア公爵家と関わりを持ち始めたと聞いております」
「…………そんなにも前からか?」
レインの言葉に私は驚きを隠せなかった。
フレイアは私の愛妾になってからレスタリア公爵と知り合ったのだと思っていたからだ。
(十年近く前だと?)
ただの平民であるフレイアと王国の名門公爵家。
接点など無いはずだが。
「はい。どうやら十年近く前、暴漢に襲われそうになっていたところをマクシミリアン様に助けられたそうなのです」
「……何だと?」
そのことにも驚いたが、同時に妙に納得している自分もいた。
そのときの私が思い出したのは少し前に王宮の庭園で逢瀬をしていた二人の姿だった。
フレイアのレスタリア公子を見るあの目。
あれは紛れもなく恋する乙女のものだった。
(なるほどな……だからフレイアはレスタリア公子のことが好きなのか……)
フレイアにとってレスタリア公子は自分の危機に颯爽と現れたヒーローのようなものなのだろう。
フレイアの想い人が誰であろうと別に何とも思わないが。
「それからというもの、公女様は様々な形でレスタリア公爵家に協力するようになりました。元々は私と同じく、市井で暮らす平民だったのですがその日からよくレスタリア公爵邸へ訪れるようになったのです」
「フレイアには礼儀作法やマナーを学ばせなかったのか?」
「それが……最初は学ばせようとしたらしいのですがどうも公女様には不向きだったようで……」
「そうか……」
フレイアの性格からして淑女教育などまず無理だろう。
(……まぁ、フレイアには持ち前の美貌があるからな。それだけで利用価値があるって判断したんだろう)
毒が抜け、思考がクリアになった今では公爵の考えが容易に想像出来た。
「公爵がフレイアを養女として迎えた理由は知ってるか?」
「それに関しては私も詳しくは聞かされておりません……以前は公女様を本当の娘のように可愛がっていたからだと思っていたのですが……今思えば、ただ単に公女様を利用しようとしているだけなのかもしれませんね」
「……まぁ、そうだろうな」
しかしそれでもどうしても納得いかないことがある。
「……あの公女にわざわざ養女として迎えるほどの利用価値があるか?」
「まぁ、正直男なら公女様の色仕掛けに引っ掛からないことはほぼほぼ不可能ですから……」
クロードは私の問いに少し不快そうな顔をしてそう言った。
「それにしてはお前は彼女のことをあまり良く思っていなさそうだな」
「私は公女様の性根の醜さを知ってますから、言い寄られても別に何とも思いません」
どうやらクロードはフレイアに嫌悪感を抱いていたようだ。
「……まぁ、たしかにな」
激しく共感。
「公女様を養女にした理由は分かりませんが、公女様を使った計画についてはお話しすることが出来ます」
「公女を使った計画……?」
私はクロードの発言の意味が分からず、聞き返した。
「はい、陛下は公女様と市井にある飲食店で出会ったのですよね?」
「そうだが」
「陛下と公女様の出会いは公爵様によって仕組まれたものです」
「……」
平然とそんなことを言うクロードに殺意を抱いたが必死で抑えた。
「それはどういう意味だ?」
「公爵様がどこからか陛下がよくお忍びで市井へ下りているという情報を掴んだのですよ」
「……なるほどな、そういうことか」
私はクロードのその言葉で大体のことを察した。
「それで男を落とす天才である公女様が動いたというわけです。陛下の寵愛を得て王妃になり、王家の内情を探るという名目で」
「……私はそれにまんまと引っ掛かったというわけか」
それと同時にフレイアがやたらと王妃になりたがっていた理由をようやく理解した。
クロードと同じくあの女もスパイだったというわけだ。
その事実を知った私は自分自身でスパイを王宮に入れてしまった自らの愚かさを呪った。
(ハァ……私はとんでもない過ちを犯してしまったのだな……)
ため息をついてガックリと項垂れる私を見て、クロードが口を開いた。
「陛下だけのせいではありません。公女様、陛下に出す料理に薬盛ってたみたいですから」
「あのときか……」
だからまるでフレイアに対して恋をしたかのような気持ちになったのかと妙に納得した。
料理を口にしたその瞬間から私は彼女しか見えなくなっていた。
「……本当に恐ろしいものだな、惚れ薬とは」
私はそう言いながらハァとため息をついた。
もし惚れ薬がこの世に存在していなければ……と思っている自分がいた。
そんなのに引っ掛かったのも私が馬鹿だったせいだが、どうしてもそれを恨まずにはいられなかった。




