52 動揺
しばらくして、取調室に到着した。
私は扉の前にいる騎士たちを下がらせ、部屋へと入った。
(……全く変わらないんだな)
中には前と同じで執事長が椅子に座っていた。
数日経っているからか、顔は少し痩せこけているように感じた。
おそらく何も口にしていないのだろう。
だがしかし、その決意のこもった瞳だけは私が以前に見たときとまるで変わっていなかった。
私は前と同じように椅子に座って執事長と向かい合った。
彼は私と目が合うとハッキリと告げた。
「何度ここへ来たところで私の意思は変わりません。公爵様については何も喋りません」
「……」
やはり執事長の意思は相当固いようだ。
それほどにレスタリア公爵を慕っているらしい。
私はそんな執事長に少しだけ同情した。
(……なぁエイル、レスタリア公爵はお前が思っているような男ではないんだ……)
そう、彼は何も知らないのだ。
自分が何故レスタリア公爵に拾われたのか、何故公爵があんな風にコンラード伯爵を断罪したのか。
彼はそれら全てが自分のための行動だと思っているらしいが、実際はそうではない。
もちろんまだ私の憶測に過ぎないが、私は何が何でもここでこの男を味方に引き入れておく必要があった。
それが、フランチェスカたちとした約束を果たすことに繋がるのだから。
私はそう思いながら前と全く変わらない様子の執事長に対してゆっくりと口を開いた。
「――クロード。これがお前の本当の名前だろう?」
「…………!」
私がその名を口にした途端、執事長は一瞬だけ動揺したかのように見えた。
しかしすぐにいつも通りの真顔になった。
「――違います」
「いいや、お前はクロードだ。そうだろう?」
「違う!!!そんなヤツは知らない!!!」
私の言葉に執事長は声を荒げて取り乱した。
まるで何かに取り憑かれているかのようだ。
いつもの冷静沈着な彼からは想像もつかない状態だった。
「私は……私の名前はエイル……クロードはもう死んだんだ……」
執事長はボソボソと何かを呟いている。
(これは酷いな……)
私はそんな彼を憐れに思った。
「死んでなどいない、君がクロードだ」
「その名を口にするな!!!」
執事長はハァハァと息を切らしながら私を怒鳴りつけた。
王にこんな態度を取るなど本来なら不敬罪で投獄されていてもおかしくはないが、今の私にとってはそんなことどうでもよかった。
私はそんな執事長の目をじっと見つめた。
「……お前はレスタリア公爵を神だと思っているようだが、残念ながらレスタリア公爵はそんな人間ではない」
「何を……」
私の言葉に執事長は反論しようとする。
私はそれを遮り、言葉を続けた。
今ここで彼の目を覚まさせなければいけない。
「レスタリア公爵がまだ幼いお前を拾ったのは両親を失ったお前を憐れに思ったからではない。――自分の駒として、育て上げるためだ」
「……」
執事長は私の言葉に黙り込んだ。
私はあのとき昔聞いた暗殺者集団の話を思い出してピンと来たのだ。
レスタリア公爵の性格から考えて善意で彼を拾ったわけではないのだろうということは分かっていた。
そして諜報員が得た情報を見て確信した。
何故それほどまでに厳しい教育をただの執事に施す必要があったのか。
おそらく、公爵はこうなる未来を予測してそのようなことをしたのだろう。
私は俯いた執事長に追い討ちをかけるかのように再び口を開いた。
「それと、コンラード伯爵を断罪した件に関してもそうだ。コンラード伯爵家は元々レスタリア公爵家の派閥で、レスタリア公爵とコンラード伯爵はかなり長い付き合いだった。では、レスタリア公爵が何故そんなコンラード伯爵を断罪したのか」
「……」
私が言葉を続けるたびに執事長の顔が暗くなっていく。
「――それは、お前をさらに自分に盲信させるためだ」
「……」
「レスタリア公爵は自分に絶対的な忠誠を誓う駒が欲しかったのだろう。いつ裏切るか分からない無能な貴族よりも自分を絶対に裏切らない一人の男の方がよほど利用価値はあるからな」
「……」
執事長は何も言わずにただ私の話をじっと聞いていた。
俯いているためその顔は見えない。
しかし、肩が僅かに震えているように見えた。
(……可哀相だが、これは事実だ。レスタリア公爵が執事長に厳しすぎる教育をしたのはおそらく成長した彼をスパイとして利用するため。元からそのつもりで執事長を拾ったのだろう。あの男のやりそうなことだ)
しばらくして、執事長が顔を上げた。
「……構いません」
「……え?」
「それでも、別に構いません」
「……!」
彼は先ほどと同じように力強い眼差しで私を見てそう言った。
「公爵様が私を拾った理由など、そんなのは関係ありません。私は行く当てもなく彷徨っていた私を拾ってくださった公爵様に心から感謝しているのです。そこにどんな意味があろうと私にとって公爵様は恩人ですから、私はあの方を絶対に裏切りません」
「……」
そう言った彼の目は決意に満ちていた。
しかし私は、その瞳にどこか迷いが含まれていることを見逃さなかった。
「……レスタリア公爵が裏でどのようなことをしているか二十年近く傍で仕えておいて知らないのか?」
「……あまり良くないことをしているのは知っています」
私の問いに執事長は少しだけ目を伏せて答えた。
「では何故……!」
「それでも、公爵様は私の恩人ですので。私はあの方を裏切ることは出来ません」
「……」
私はそんな執事長の答えに怒りを覚えた。
(この期に及んでまだあの男を崇拝しているのか……!いい加減目を覚ませ!)
「……レスタリア公爵に潰された貴族は数多くいる」
「それは公爵様に歯向かったからです。格上の貴族に牙を向けばそうなるのは当然でしょう」
「歯向かった、か。ただ単に自分が勢力を拡大するうえで邪魔になるから、という理由で潰された貴族もいるのだぞ」
「……」
私がそう言うと、執事長は気まずそうに視線を逸らした。
私はそれを見て確信した。
彼が公爵と違ってまだ人の心を持ち合わせているということを。
「公爵に潰された貴族たちの中にはまだ幼い子供もいた。突然両親を失い、帰る場所も無い彼らは浮浪者になるしかなかった。何だかお前に似ているな」
「……!」
私の言葉に執事長は目を丸くしてこちらを見た。
「お前の場合は運良くレスタリア公爵が拾ってくれたかもしれないが、人生はそう上手くいかないものだ。その子供たちは最後どうなったと思う?」
「……」
彼は黙ったままで、私の問いに答えることは無かった。
しかし、先ほどよりも明らかに顔色が悪くなっていた。
私はそんな執事長に追い討ちをかけるかのように口を開いた。
「自分の人生に絶望し、路地裏で誰にも看取られずにひっそりと死んでいったんだ」
「……!」
私の言葉に執事長はハッと息を呑んだ。
私を映していたその瞳は大きく揺れていた。
間違いなく動揺している。
しかし私は止まらなかった。
今ここで執事長の心を完全にへし折るつもりだった。
「その中には当時のお前より幼い子供たちもいた」
「……」
そこまで言って私は固まっている執事長にギロリと鋭い視線を向けてハッキリと告げた。
「――お前は、自分が最も憎しみを抱いている人間と同じようなことをしている男に二十年もの間付き従っていたんだ」
「……!」
その言葉に、執事長は椅子から崩れ落ちて地面に膝をついた。
そして俯いたまま、少しも動かなくなった。
「……」
私はというと、椅子に座ったままその様子をじっと眺めていた。
矛盾している点がいくつかあったので全体を改稿しました!
レスタリア公爵のキャラを少し変えました。
そのせいで長い間お待たせしてしまって申し訳ありません……。




