48 取り調べ
「い、今からですか!?」
「ああ」
私はそう言って椅子から立ち上がった。
「…」
そんな私にヴェロニカ公爵はずっと困惑しているようだ。
先ほどからずっとポカンと口を開けて私を見ている。
私はそんな公爵を無視して部屋を出て行く。
「あっ、ま、待ってください陛下!」
部屋を出た私に公爵は慌ててついて来た。
(……まぁ、公爵の気持ちも理解出来ないわけではないが)
私は未だに困惑した顔をしているヴェロニカ公爵をチラリと横目で見てそう思った。
取り調べなんて騎士に任せておくのが普通だ。
一国の王がすることではない。
それは私も分かっている。
しかし私はどうしても彼と話がしたかった。
何故レスタリア公爵家についているのか、そして何故黙秘を続けているのかを知りたかった。
(何か弱みでも握られているのか……?それとも誰かを人質に取られているとかか……?)
どちらにせよあのレスタリア公爵ならやりそうなことだ。
しかし、もしそうだとしたら彼は十年以上もの間苦しい思いをしていたということになる。
私はそんな彼をどうにかして救ってあげたいと思った。
レスタリア公爵に付き従っていていいことなど一つもない。
公爵は残酷な男だ。
都合が悪くなったらすぐに彼を切り捨てるだろう。
そう考えるだけで気分が悪くなった。
(部下を何だと思っているんだ……あの男は……)
しばらくして、取り調べが行われている部屋へと到着した。
王宮の地下にある古びた扉の部屋だ。
「へ、陛下……!」
扉の前にいた騎士たちは私を見て驚いた顔をした。
(まぁ、そういう反応になるだろうな)
ここは少なくとも国王が来る場所ではない。
彼らの反応は至極当然のものだ。
「中に入れてくれ」
「えっ、あっ、はい!」
騎士たちは私の言葉に困惑しながらも部屋の扉を開けた。
「え、国王陛下!?」
部屋の中には、一人の騎士がいた。
彼もまた突然部屋に入ってきた私を見て驚いている。
しかし私とヴェロニカ公爵はそんなこと気にせずそのまま部屋の中へと入った。
(あの男は……)
そこで私は騎士と向かい合うようにして座っていた男に気が付いた。
間違いない、あの男が執事長だ。
男は手枷を嵌められていて無表情のままじっと座っていた。
口をポカンと開けて私を見ていた騎士はハッとなって慌てて立ち上がった。
「へ、陛下!どうしてこちらに……?」
「彼と話がしたいんだ。少し席を外してくれないか」
私は騎士の質問には答えず、ハッキリとそれだけ言った。
「え……で、ですが……」
騎士は私の言葉に戸惑いを見せ、なかなか首を縦に振らなかった。
(やはりそう簡単には頷いてくれないか……)
私がどうしようかと悩んだそのときだった――
「――陛下のことなら大丈夫だ、私がついている」
ヴェロニカ公爵が突然口を開いた。
彼は騎士を見つめて強い口調でそう言った。
「公爵……」
騎士はそんな公爵を見て目を丸くした。
「ヴェロニカ公爵閣下……………分かりました、しばらくの間席を外しましょう」
公爵の言葉を聞いて騎士は一瞬黙り込んだが、渋々部屋から出て行った。
(……ヴェロニカ公爵は騎士としても優秀だと聞いていたが、他の騎士からの信頼も厚いのだな)
私はたった一言で騎士を下がらせた公爵に対してそんなことを思った。
「……」
そして、私は執事長の方に目をやった。
彼は先ほどから一言も喋らないところか、こちらを見ようともしなかった。
(……全てがどうでもよくなったのか?いや、しかしそれにしては……)
彼の顔は全てを諦めた人間の顔ではなかった。
それどころか強い覚悟が見て取れた。
私はそれを不思議に思いながらも先ほど部屋を出て行った騎士が座っていた椅子に座り、執事長に話しかけた。
「……お前は一体何を企んでいる?」
「・・・」
彼は私の質問には答えなかった。
ただじっと一点だけを見つめている。
(なら、あの手を使うか)
「お前がレスタリア公爵家について知っていることを全て話すというのならば、命だけは助けてやろう」
「……」
そこでようやく、執事長は私を見た。
誰だって自分の命が惜しいものだ。
よほど主君への忠誠心が高くない限りはこの提案に乗るだろう。
だからきっと彼もレスタリア公爵家について話すはずだ。
このときの私はそう思っていた。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「…………何も言うことはありません」
「……何だと?」
彼の返事は私の予想斜め上をいくものだった。
何故彼がそのように言うのかが分からなかった。
「もしかして脅されているのか?それとも誰かを人質に取られているとかか?もしそうなら――」
「そんなふざけたことを言わないでください!」
「!?」
そのとき、執事長は突然声を荒げた。
彼は椅子から立ち上がり、目をカッと見開いて私に対する怒りを露にしている。
(何だ……?)
突如変貌した執事長に私だけではなく、ヴェロニカ公爵も驚きを隠せないでいた。
さっきのがそれほど癪に障る言葉だっただろうか。
執事長はハァハァと息を切らしていた。
そして、突然落ち着きを取り戻したかと思えばポツリと呟いた。
「誰かを人質に取られているなんて……そんなことあるわけがない……レスタリア公爵閣下は私の神です……」




