3 壊れた心
「ハァ……」
私は今日もベッドの上で一人溜息をついていた。
彼と結婚してから既に五年が経過している。
私はもう疲れてしまった。
彼に非常識なお願いをされたあの日からの生活は地獄そのものだった。
愛妾は何故か私に懐いたため、彼女からお茶に誘われることがしばしばあった。
その度に彼女から聞かされたのは陛下との話だった。
二人で市井に遊びに行ったとか、美しい宝石をプレゼントされたとか、彼が忙しい合間を縫って会いに来てくれるだとか。
そのどれもが私の心をズタズタに切り裂いた。
正直聞きたくなかったし、聞く度に激しい嫉妬を覚えた。
私には一度たりとも会いに来てくれたことなど無かったのに。
私が陛下と会うのは基本的に公務の時間だけだった。
彼は結婚式の前に宣言した通り私に会いに来ることは決して無かった。
彼と公務で会う時に彼から言われた言葉が私をより傷つけた。
『フレイアと仲良くやっているみたいだな。君がフレイアを気にかけてくれてとても嬉しいよ』
彼はそう言って優しく微笑んだ。
こんな笑顔を向けられるのは何年ぶりだろうか。
少なくとも彼が王に即位してからは一度も無かったような気がする。
久しぶりに見る彼の優しい笑みに胸が高鳴ると同時に物凄く悲しい気持ちになった。
彼が笑顔を見せるのはいつだって愛妾に関することだったから。
この人たちはどこまで私を惨めな気持ちにさせるのだろうか。
でも、それでも、彼の笑顔が見られるのなら悪くないような気がした。
私と陛下が白い結婚であるということは王宮では周知の事実となっている。
侍女たちに「寵愛を受けられない王妃」と陰口を叩かれることもあった。
その度に何度も心が折れそうになった。
それが紛れもない事実だったからこそ、余計に辛かった。
面倒な仕事をこなすのは王妃である私。
寵愛を受けるのは愛妾であるフレイア。
愛妾と陛下はとても仲がいいようだ。
私も何度か二人が一緒にいるところを目撃したことがある。
その時の彼は本当に楽しそうで、愛妾のことを心から愛しているのだということがよく伝わってきた。
どうやら彼は本当にあの愛妾さえいればどうだっていいみたい。
なら、私は必要ないわよね?
それからの私の行動は早かった。
ペンを手に取り、手紙を書き始める。
まずは私が心から愛した陛下に。
彼には幸せになってほしかったから。
それと侍女のリリアンにも手紙を書いた。
彼女にはかなり助けられたからだ。
この息苦しい王宮で五年間も耐えることが出来たのは間違いなく彼女のおかげだった。
リリアン、どうか貴方も幸せになってね。
そう願いながら私は最後の最後、大切な人たちに手紙を残していく。
(………………馬鹿ね、私ったら)
陛下がこれを読んでくれるかどうかも分からないのに。
そのとき、私の頬を一筋の涙が伝った。
私が死んだ後、彼は何を思うのだろうか。
少しは悲しんでくれるだろうか。
いや、冷たいあの人はきっと泣きもしないだろう。
彼と長い付き合いだからこそ、私の死後の世界が簡単に想像出来た。
きっと彼は私の遺体を見て少しだけ悲しそうな顔をした後にすぐこの部屋を去って行くのだ。
悲しそうな顔をするのは彼が私を愛しているからとかそういう訳では無くてただ単によく知った顔が亡くなって辛いという意味だろう。
私は涙を流しながら彼のことを考えた。
(あぁ、レオ……)
レオとは陛下の愛称である。
私たちがとても仲が良かった頃はよくそうやって呼んでいた。
彼の両親の他に私だけがこの名を呼ぶことを許可されていたのだ。
当時の私にとってはそれが物凄く嬉しかった。
彼が即位してからそう呼ぶことは無くなったが。
もう二度とこの名を呼ぶことはできないのだ。
貴方は最後まで私を愛してはくれなかった。
そう思うと余計に涙が止まらなくなった。
『フランチェスカ、私は将来この国の王になる。一生私の傍を離れないでほしい。どうか私と婚約してくれないだろうか』
懐かしい記憶が蘇ってくる。
彼との大切な思い出だ。
貴方に言われたあの言葉が私にとってどれほど嬉しかったか。
貴方と婚約してから貴方を忘れた日なんて一度もなかった。
貴方は紛れもなく私の最愛だった。
愛しています、レオ。
だけど、ごめんなさい。
――私は、今日限りで貴方の前から消えます。