23 女神ローラ
あの後、私は母上の専属侍女から全てを聞いた。
母上は病気で、療養するために父上と共に離宮へ行ったということ。
五年間離宮で過ごして体調は徐々に回復へ向かっていたということ。
しかし王宮から帰ってきた途端再び体調を崩して、そのまま亡くなってしまったということ。
そして後を追うように父上も亡くなってしまったらしい。
私は帰りの馬車に揺られながら思った。
(……そんなの、私が殺したも同然ではないか)
母上の専属侍女は何も言わなかったが、あの様子だと王宮であったことを全て知っているのだろう。
フランチェスカのときと同じだ。
私は大切な人たちを皆不幸にしてしまった。
「……」
外は既に暗くなっていた。
離宮では父上と母上の死を受け止めきれなくて放心状態になっていたため気付かなかったが、かなり長居していたようだ。
しかし王宮に戻ったらまたやることがたくさんある。
私に休息など無い。
考えるだけで気分が沈んだ。
本当は仕事が出来るような状態ではないし、王宮にも戻りたくない。
(……王という地位も捨てられるものなら捨てたい)
私はそう思いながらも馬車の中から外を眺めた。
私の目に映ったのは見慣れた風景だ。
普段と何一つ変わらない景色が続いている。
しかしその中で、ある一点に目を奪われた。
(ん……?あそこは……)
「おい!馬車を止めてくれ!」
慌てて侍従に声をかけた私は、止まった馬車から外へ出た。
「陛下!?どちらへ行かれるのですか!?」
侍従が驚いた顔で私に尋ねた。
「――付いてくるな」
私は付いてこようとする侍従を手で制止した。
「えっ!?」
「頼む……少しだけ……一人にしてくれないか……」
私が懇願するかのようにそう言うと、侍従は立ち止まった。
「陛下……」
そして、私の意を汲み取ったのかそれから侍従が付いて来ることは無かった。
◇◆◇◆◇◆
私はそのまま無我夢中で走っていた。
こんな風にしていたのは、どうしても行きたい場所があったからだ。
しばらくの間走り続けて、とある場所に着いた。
(…………あぁ、懐かしいな。あの日と同じだ)
あの日と何一つ変わらない。
星が綺麗で、どこか懐かしい香りがする。
その場所に着くなり、私はそっと目を閉じた。
『レオ!こっちこっち!』
『フランチェスカ!どこまで行くつもりだ!?』
馬車から降りたフランチェスカは私の手を引いて走っていた。
『やっと着いた!ずっとレオとここに来たいと思ってたの!』
『ここは……』
フランチェスカが私を連れてきたのは王宮から少し離れたところにある広場だった。
夜遅い時間であるせいか、周りには誰もいなかった。
そして広場の中央には美しい女性の像が建てられている。
私はこの場所を知っていた。
それほどに有名な場所だったからだ。
『空を見て!星がすごく綺麗じゃない?』
『…………あぁ、そうだな』
私の素っ気ない返事に彼女は頬を膨らませた。
『…………もう、反応薄いなぁ』
『星ならどこでも見れる。何か別の目的があるのだろう?』
その言葉にフランチェスカは恥ずかしそうに目を逸らした後、広場の中央に建てられた像を指差して言った。
『……あそこに女神ローラ様の銅像が建てられているでしょう?あれはね、五百年以上前にライオネル王子がローラ様を想って建てた像なんだって!』
『……』
『だからここには女神ローラ様のご加護があるみたい!あの像に向かって願い事をすればローラ様が何でも叶えてくれるんだって!』
『……』
女神ローラと王子ライオネルの恋物語。
ウィルベルト王国では知らない者がいないほど有名な話である。
五百年以上前、天界に住んでいた女神ローラは周りの者たちに言われるがまま生きていた。
自分の意思は一切聞き入れてもらえず、敷かれたレールの上を歩くような人生だった。
ローラはそんな自分の人生に嫌気が差していた。
そんなある日、彼女は興味本位で人間たちの住む地上へと降りた。
そこで、母や兄弟たちに虐げられていた名ばかりの王子だったライオネルと出会う。
最初はお互いを警戒していたが、共に過ごしていくうちに二人は惹かれ合っていく。
そしてライオネルはローラにプロポーズをし、二人は今の身分を捨てて共に生きていくことを決意する。
しかし、そんな二人を悲劇が襲った。
駆け落ちは上手くいかずローラが王家の追手に殺されてしまったのだ。
最愛の人を殺されたライオネルは王家に復讐を誓い、反乱を起こした。
圧政を敷き、贅沢三昧だった王家に不満を抱いていた民は多く、人を集めることは容易かった。
そしてついに反乱は成功し、ライオネルは王位に就いた。
この反乱の後からライオネルは暴君から民を救った英雄と呼ばれるようになる。
そして彼は王になった後、ローラの像を建てるのだ。
彼が、彼女にプロポーズをした、思い出の場所に。
『……』
『…………絶対信じてないでしょ?』
『……そんな話は初めて聞いたぞ。』
『私は信じてるんだから!』
彼女はそう言って顔の前で手を合わせた。
「……」
あの日はそんなの信じなかった。
恋愛小説が好きな貴族の令嬢が何の根拠もなくそんな噂を広めたのだろうと思って願い事すらしなかった。
だけど、今は――
(願い事をすれば……何でも叶う……か)
私はすぐ目の前で月明かりに照らされている女神ローラの像を見上げた。
(もし……願いが叶うなら……私は……フランチェスカとの日々をやり直したい……そしてこの先ずっと彼女と運命を共にしたい……嬉しいときも……悲しいときも……ずっとずっと二人で生きていきたい……)
「……」
何も起きない。
「は、はは……」
予想通りだ。
何でも願いが叶うだなんてそんな都合の良いことこの世にあるはずがない。
分かりきっていたじゃないか。
それなのに、何で
何で、悲しいんだ――
その瞬間、私の目から涙が零れ落ちた。
それは止まることなく次から次へと溢れてくる。
「……ふぁっ……うぅっ……あ……ああ……うわあああん……!」
私はこの日、初めて声を上げて泣いた。




