20 レスタリア公爵
ウィルベルト王国には強大な権力を持つ二つの公爵家があった。
一つはフランチェスカの生家であるヴェロニカ公爵家。
もう一つは前王妃の生家であるレスタリア公爵家。
どちらも王国きっての名門で、王家ですらなかなか手を出せないほどの権力を持っていた。
――そして、今私の目の前にいる人物こそがその二大公爵家のうちの一つであるレスタリア公爵家の当主であり、私の叔父でもあるベルモンド・レスタリア公爵だった。
(……厄介な相手が来た。これはまた面倒なことになりそうだ)
――レスタリア公爵家の当主ベルモンドは悪魔のような男だ。
狡猾で残忍で使えなくなったと分かれば味方すら切り捨てる血も涙もない男だ。
しかも非常に欲深い人間で、裏で様々な悪事を働いているとの噂もある。
そのうえ頭が良く、一切の証拠を残さないものだから厄介だ。
母上の実家ということもあり父上ですらなかなか手を出せないでいた。
私はそう思いながら目の前にいる公爵をじっと見つめてみる。
「……」
公爵は母上の実兄だ。
もう五十は過ぎているはずなのに、その見た目は驚くほど若々しい。
実際、外見だけなら三十代後半くらいに見える。
狡猾という点ではホワイト侯爵と少し似ているが、手強さはホワイト侯爵なんかの比ではない。
そのホワイト侯爵が唯一恐れる相手がレスタリア公爵だった。
ホワイト侯爵だけではない。
ウィルベルト王国の多くの貴族がレスタリア公爵家を恐れている。
実際、レスタリア公爵家を敵に回した貴族は皆悲惨な末路を辿っている。
ベルモンドは王妃である私の母の兄だが、兄妹仲は最悪だったと聞く。
叔父とはいっても、私はベルモンドと母が話しているところを見たことが無かった。
あの穏やかな母と性悪なベルモンドでは相性も悪いだろう。
(……私に対して良い感情を抱いているわけがないんだよな)
レスタリア公爵の感情はまるで読めない。
だけど私を良く思っていないのはたしかだろう。
それにレスタリア公爵家はだいぶ前からヴェロニカ公爵家を敵対視していた。
フランチェスカを私の婚約者にすると決めたときも公爵は猛反対していた。
母上はそんなこと気にせずフランチェスカに親切にしていたが。
(……何故ここにいるのかを聞くのが先か)
私は一旦考えるのをやめてレスタリア公爵に尋ねた。
「叔父……いや、公爵。何故ここにいるんだ?フレイアとは一体どのような関係で……」
「公爵様ぁ~~~~!!!」
フレイアはレスタリア公爵の姿を見るなり大声を上げて駆け寄った。
「公爵様ッ!レオン様が酷いんです!」
フレイアは目に涙を溜めて公爵に訴えた。
「何かあったのかい?フレイア」
レスタリア公爵は小走りで駆け寄ってきたフレイアに優しい声で尋ねた。
「急に私を追い出すとか言ってて……」
フレイアはそう言いながら公爵の前でわんわん泣き始めた。
レスタリア公爵は顎に手を置いてそんな彼女をじっと見つめている。
「なるほど、そうだったか」
(どういうことだ。フレイアと叔父上は知り合いなのか?)
フレイアは社交場に出たことはない。
とてもじゃないが貴族たちの前に出れるような人間ではないからだ。
そのため高位貴族であるレスタリア公爵と関わったことなどないはずだ。
それなのに、二人はまるで親子のような親しさで話している。
(……頭が追い付かないぞ。一体何が起きている?)
レスタリア公爵はフレイアから私に視線を移すと、一歩前へ出た。
「…………」
「陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……何だ」
「何故、フレイアを王宮から追い出すのでしょうか?まさか他に好きな相手が出来てフレイアが邪魔になったから……とかでは」
「!」
レスタリア公爵は私を挑発するかのようにニヤリと笑ってそう言った。
「違う!!!」
私は公爵の挑発に声を荒げた。
そんな私を見てもレスタリア公爵は口角を上げたままだ。
「あ……いや……そうではない」
(……ダメだ、王が感情的になってはいけない)
色々あって心に余裕が無くなっていたからか、私はつい感情的になってしまっていた。
今までこんなことは無かったというのに、どうしたのだろう。
(……冷静になるんだ)
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせてからレスタリア公爵に説明した。
「フレイアを追い出すのにはきちんとした理由がある。まず、彼女は平民であるにもかかわらず貴族出身のマナー講師を追い出し、王宮に勤めている侍女に手を上げた。それと、フレイアは浪費が激しい。王宮に上がってからドレスや宝石を買い漁っている。このままでは国庫が底をついてしまうだろう」
私がそう言うと、レスタリア公爵は何かを考えこむような素振りをした。
「……これで分かったか」
「……ええ、そうですね」
レスタリア公爵はそれだけ言うと黙り込んだ。
しばらくして、口を開いた。
「……この際、ハッキリさせておきましょう。実はずっと前から考えていたことがあるのです」
「……」
(……何だ、何か嫌な予感がする)
心臓の鼓動が速くなる。
何か最悪の事態が起きるような気がして、変な気分になった。
レスタリア公爵は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
(……)
「――我がレスタリア公爵家は、フレイアの後ろ盾となり、いずれは彼女を養女として迎えたいと考えております」
「な、何だと…………………?」
私はレスタリア公爵の発言に衝撃を受けた。
(本気で言っているのか……!?フレイアを養女にしたところでレスタリア公爵家に何もメリットは無いはずだ……!)
驚いて固まっている私をよそに、公爵は言葉を続けた。
「フレイアが我がレスタリア公爵家の養女となれば、全て解決するのではありませんか?王宮に勤めている者たちの大体は男爵家や子爵家などの下位貴族、もしくは平民です。公爵令嬢なら下位貴族に多少無体を働いたところで罪には問われないでしょう。マナー講師の方を追い出したという件についても然り」
「……」
レスタリア公爵の言っていることは間違っていない。
しかし私は、何故公爵がフレイアをそこまで庇うのかが分からなかった。
「それと、フレイアの浪費に関してですが………フレイアが散財した分は、我が公爵家が肩代わりいたしましょう」
(な、何……?)
さらなる衝撃を受けた私は、自然と口が開いていた。
「何故、貴方がそこまで…………?」
私が尋ねると、レスタリア公爵はニッコリと笑った。
「フレイア様は健気で可愛らしい方です。私の妻と息子も非常に気に入っておられるのですよ」
「……」
「え、じゃあ私、王宮を出て行かなくていいの!?」
公爵の話を聞いていたフレイアが会話に割って入った。
「もちろんだ、フレイア。今まで辛かっただろう。平民だからと散々馬鹿にされて。だけどもう大丈夫だ。これからは私たちがフレイアの後ろ盾になり、守るから」
「ほんと!?やったー!」
フレイアはキャッキャッと飛び跳ねた。
「……」
一人呆然としている私に公爵とフレイアが近づいてくる。
そして私の目の前まで来ると、口を開いた。
「これで私たちまた一緒ですね、レオン様」
「陛下、王宮に勤めている者たちにお伝えください。――フレイアに何かしたらレスタリア公爵家が黙っていないと」
「………………!」
二人とも笑みを浮かべてはいたが、私にとってはその笑みがとてつもなく恐ろしいもののように感じた――




