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19 フレイアの癇癪

あれから四時間経ち、朝の七時になった。



部屋の窓からは日の光が差し込んで、室内を明るく照らしていた。

外からは小鳥のさえずりが聞こえる。

眠っていた使用人達も仕事を始めたらしく、廊下をバタバタと走る足音も聞こえてくる。



どれも朝の訪れを知らせるものだが、今の私にとってはそれら全てが鬱陶しく感じた。

どんなに爽やかな朝でも、彼女がそこにいなければ意味がない。



目に映るもの全てが色褪せて見える。

ボーッとしていると耳鳴りがする。

王宮に勤めている一流の料理人が作った料理も味がしない。

あの日からずっと私の五感はおかしいままだ。



(……結局、体は回復しなかった)



体調不良を治すために部屋にあるソファに座っていたが、体はやはり重いままだった。



私にとって何もしていない時間が一日のうちで最も苦痛だった。

彼女のことを考えては苦しくなるから。

かといって再び眠りにつくことも出来なかった。



フランチェスカが亡くなってから、王宮に勤めている侍女たちに陰口を叩かれることが時々あった。

どうやら優しい彼女は色々な人間から好かれていたらしい。

そんな彼女が亡くなれば、蔑ろにした私に憎悪が向くのは当然の話だった。



しかしそんなのは彼女がいなくなったことに比べれば心底どうだってよかった。



そこで私はハァとため息をついた。



(…………考えても仕方がない。そろそろ仕事が始まる時間だ。昨日舞踏会で処理出来なかった分が溜まっているはずだ。早く行かなければ……って、あれ?)



私はそのとき、まだ侍従が部屋に訪れていないことに違和感を感じた。

いつもならとっくに部屋へ来ている時間帯なのに、今日はいつまで経っても来ない。



あの真面目な男が寝坊したとは考えにくい。

何かトラブルでもあったのだろうか。



そう思い、ソファから立ち上がる。



(ん……?)



考え事に夢中で気が付かなかったが、何やら王宮が騒がしい。



(何だ……?)



ドタドタとけたたましい足音がこちらへと近付いてくるのが聞こえた。



「陛下!!!大変です!!!」



そのとき、部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは侍従だった。



「……………何の騒ぎだ」



侍従の慌てた様子にももう随分慣れた。



「……へ、陛下、すごいクマが……!」



侍従は私を見て驚いた顔をした。



「今はそんなことどうだっていい。早く要件を言え」

「あ、は、はい!」



私の言葉に侍従はハッとして真剣な顔になる。



「じ、実はですね……陛下……」



侍従は言いにくそうな顔をした。



(……これはまた面倒事だな)



その顔で私はかなり厄介な問題だということを瞬時に悟った。



「フレイア様が自室で癇癪を起こしているそうです……!」



「……………何だと?」



(……あぁ、頭が痛い)



私の予想が見事に的中した。

侍従の話によるとフレイアが部屋で大暴れしているらしい。



おそらく私が彼女の部屋に行っていなかったせいだろう。

私の愛が無くなったことに対する焦りなのか、彼女は醜い本性を隠しもしなくなったようだ。

面倒だが、仕方がない。



(……もう少ししたらフレイアの部屋に行くか)



そんな私の考えを見抜いたのか、真剣な顔をした侍従が付け加えた。



「どうやら怪我人も出ているらしいのです、陛下」

「…………分かった、すぐ行く」




私は疲れている体に鞭打ち、フレイアの部屋へと向かった。







◇◆◇◆◇◆





私は侍従を引き連れてフレイアの部屋へと向かう。



――ガシャーーーーン!!!



「キャーーーーー!!!」



彼女の部屋に近づくたびに、物が壊れる音と侍女の悲鳴が聞こえてくる。



(一体何をしているんだあの女は……!)



事態は私が思ったよりもずっと酷かったらしい。

私は急いでフレイアの部屋へと行き、彼女の部屋の扉を開けた。



「フレイア!何をしているんだ!!!」



(うお……何だこれは……!)



室内は酷い状況だった。

いたるところに物が散乱していて、一人の侍女がその中でうずくまっていた。



「へ、陛下……!」



侍女の左頬は真っ赤に腫れていた。

おそらくフレイアに叩かれたのだろう。

彼女は私を見るなりポロポロと涙を流した。



(……!)



それを見た私はあることを心に決めた。



「…………おい、あの侍女を医務室に連れて行け」

「分かりました、陛下」



私は侍従に侍女を医務室に連れて行くよう命令した後、再び部屋の中に視線を戻した。



(……………あれは)



部屋にあるベッドの横にフレイアが立っていた。



髪の毛はボサボサになっていて、目は血走っている。

美姫とまで言われた美貌は見る影も無くなっていた。



(……誰なんだ、この女は)



私はそう思いながらも部屋の中で暴れていたフレイアに話しかけた。



「……フレイア」

「……レオン様?」



フレイアは私を見ると、目を輝かせてこちらへと駆け寄った。



「レオン様ぁ~!来てくださったんですね!とーっても嬉しいです!私、ずっとレオン様のこと待って――」

「フレイア、悪いが今日限りでここから出て行ってもらう」

「…………………え?」



私の言葉にフレイアは固まった。

どうやら私の言ったことの意味が理解出来ていないらしい。



私はそんなこと気にせずに話し続ける。



「最近の君の行動は目に余る。もうこれ以上君を王宮に置いておくわけにはいかない」

「嘘よ……そんな……冗談でしょう……?もし……たら……捨てられちゃうじゃない……」



フレイアはブツブツと何かを喋っている。

そんな彼女に私は冷たい声でハッキリと告げた。



「冗談ではない。これはもう決まったことだ」



私のその言葉に彼女の顔は一気に青くなった。



「待ってよ……何で急にそんな……」



今の贅沢三昧な生活を手放したくないのだろう。

彼女の目には焦りが見て取れた。



「理由なら先ほど説明したはずだが?」

「そんな、レオン様は私のことが好きなんでしょ?追い出すだなんて嘘よね?」



フレイアはそう言いながら私の腕にしがみついて潤んだ瞳で私を見上げた。



(……)



昔の私ならば心動かされただろうが、今となってはもう何とも思わない。

むしろ不快なくらいだ。



私は彼女の腕を無理矢理引き剥がした。



「――私の体に触るな。私はもう君を少しも愛していない」

「……!」



私がハッキリとそう言うと、フレイアはショックを受けたような顔をした。

かなり傷ついているようだ。

しかしこんな風に冷たく突き放したことに後悔はしていない。



(……これでいいんだ)



私はすぐにでも彼女を追い出すつもりだった。

先ほどの侍女に対するフレイアの行動は到底看過出来るものではない。

ここで彼女を追い出さなければまた怪我人が出るだけだ。



私はそう思い、口を開いた。



「……せめてもの情けだ。君が買った宝石類は持って行くといい。それで当分は市井で生活出来るだろう。分かったなら早く出て行――」





「――フレイア、ここにいたんだな。探していたよ」





そのとき、扉の方から突然声がした。



(何だ……?)



私は声のした方を振り返った。







「………………………………え」



部屋に入ってきた人物を見て私は驚きを隠せなかった。

いるはずのない人間がそこにいたからだ。



「……………何故、貴方がここに」



その人物はニコリと私に笑いかけた後、私の目の前まで来て口を開いた。



「お久しぶりです、陛下」

「……な……ぜ……」



(……何故、ここにいるんだ)










「――叔父上」







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