13 誕生日
その翌日。
私は部屋で執務をしていた。
最近は少しずつ仕事が出来るようになってきていた。
それでも疲れていないと言えば嘘になるが。
こんなのでも一国の王だ。
いつまでも過去のことを引きずっていないで前に進まなければいけない。
しかしそうは言ってもフランチェスカのことを忘れたわけではない。
未だにフランチェスカが夢に出てくるし、彼女に会いたいとも思う。
彼女のことを考えれば考えるほど、恋しさだけが募った。
いつも隣にいたときは気付かなかった。
傍にいないというだけでこんなにも苦しくなるということに。
「陛下、こちらの書類にも目を通していただきたいのですが……」
「……」
フランチェスカが亡くなってから、私の仕事量は倍に増えた。
今までフランチェスカがやっていた分の王妃の仕事がこちらに回されたからだ。
だが、今の私にとってはそれすら苦に感じなかった。
何かに没頭していた方が、フランチェスカのことを思い出さずに済む。
そんなことを考えながらも、私は机の上に積まれている書類に目を通して一つ一つ片付けていく。
そのとき、背後に控えていた侍従が私に話しかけた。
「陛下、少しはお休みを取られてください。朝からずっと働きっぱなしではありませんか。仕事が忙しいからって睡眠時間も削っているのでしょう?このままだとお身体を壊してしまいます」
「……いい。仕事をしていた方が落ち着くんだ」
私はそれだけ言って再び手元の書類に視線を戻した。
元々仕事が溜まっていたのだ。
ただでさえ仕事が増えているというのに呑気に休憩など取っていたらいつまで経っても終わらない。
だからといって、新しく妃を娶る気にもなれなかった。
そんな私に侍従は呆れたように言った。
「はぁ……最近の陛下はずっとそうですね。その様子だと今日舞踏会があるということも忘れていたのではありませんか?」
「……舞踏会?」
私は侍従が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。
(何だ……?今日舞踏会なんてあったのか……?)
「やっぱり忘れていたんですね。今日は陛下のお誕生日ではありませんか」
「あ」
「……まさか今日がご自身の誕生日であるということすら忘れていたんですか!?」
侍従は驚いた顔で私を見た。
(そうだ、今日は私の誕生日だ。フランチェスカが亡くなってそれどころではなかった。毎年離宮にいる両親から贈り物が届くが勘当された今、それすら無くなったからすっかり忘れていた)
「そうか……今日は舞踏会だったか……フランチェスカが亡くなって間もないのに舞踏会など気が乗らないな」
「仕方ないですよ。国王陛下のお誕生日には毎年盛大な舞踏会が開かれるのですから」
正直、全く楽しめる気がしない。
フランチェスカがいない今、自分の誕生日などどうだって良かった。
(誕生日……去年の誕生日はどうだったっけ……)
『陛下、お誕生日おめでとうございます』
私の誕生日に開かれた舞踏会でフランチェスカは毎年いつも貴族たちの前で見せているような穏やかな笑みを携えてそれだけ言った。
(そういえば……一昨年も……その前も……)
『陛下、お誕生日おめでとうございます』
『陛下、お誕生日おめでとうございます』
フランチェスカは機械のように毎年毎年同じ言葉を繰り返していた。
もしかしたらその頃から既に彼女の心は壊れていたのかもしれない。
昔の彼女はそうではなかった。
もっと喜怒哀楽がハッキリしていたはずだ。
『レオ!お誕生日おめでとう!来年の誕生日もレオと一緒に過ごしたいな!』
私の誕生日になると、フランチェスカはいつもわざわざ王宮まで来て祝ってくれた。
『レオの誕生日を一番に祝いたくて早く来ちゃった』
それも誰よりも早く。
(……何で今になって思い出すんだ)
今思い出したってどうにもならない。
彼女はもうこの世にいないのだから。
フランチェスカが私の誕生日を祝ってくれることは二度と無い。
そう思うと悲しくなるが、これも自分で蒔いた種なのだから仕方がない。
「とにかく!陛下は絶対出席です!いいですね?」
不服そうな顔の私に気付いたのか、侍従が有無を言わせないような強めの声で言った。
「……」
正直に言えば、出席したくなかった。
そんな私の考えを見抜いた今度は侍従が声を張り上げて言った。
「絶対です!!!」
「……分かったから、静かにしろ」
結局、私は憂鬱な気持ちのまま舞踏会に参加することとなった――




